作品名の後の数字は「男:女:性別不問」の比率になっております。

[4:1:1]となっていたら

・男性4人、女性1人、男女どちらがやってもいい役が1人

という感じです。

あくまで台本選びのガイドなので、これを必ず守らないといけないというものではないのでご了承ください

※上演の際は必ず「利用規約」をお読みください

【長編四幕劇】暴走列車999 一両目~終点 [1:1:1]

●一両目●

0:土曜日の午前、原稿用紙が散乱した埃っぽい部屋に、練人が一人佇んでいる。と、男に電話がかかってくる。

練人:はい、もしもし。はい、今着きました。はい、はい・・・その節はどうも、はい、お世話になりました。

練人:えっ・・・そうなんですか。そしたら僕の家に送っておいてください。ええ、ありがとうございます。

練人:そうですね。今中にいるんですけど、結構ひどいですね。

練人:はい、はい、あはは・・・書斎、原稿用紙だらけで、足の踏み場もないです。

練人:形見・・・?いえ、別に未練はないので、処分しますよ。

練人:掃除とか、今日中に終わると思うんで、今日はホテル取ってこっちに泊まろうかと思います。

練人:はい、ありがとうございます。じゃ。

0:電話切れる。

練人:はぁ、骨が折れるなあ。

女性:お待たせー

練人:あ、おかえり

女性:げ、すごいねこれ

練人:うん・・・

女性:物置?

練人:書斎・・・あった?ビニール袋

女性:あった、念のためいっぱい買ってきたよ

練人:ありがとう。もしかしたらそれでも足りないかも

女性:たしかに・・・この部屋は強敵だね・・・

練人:頑張るよ

女性:私も手伝うから

練人:え、いいよ

女性:何言ってんの。これ一人でやるのはさすがに大変すぎるでしょ

練人:いやでも、恵子仕事じゃないの?

女性:休んだよ

練人:・・・大丈夫なの?

女性:家族が亡くなったわけだし、これで休ませてくれなかったら私は会社を疑うね

練人:家族って、俺の家族だろ

女性:私も家族みたいなもんじゃん

練人:まあ、それはそうだけど・・・でも恵子、父さんに会ったことないだろ?

女性:練人(れんと)君だって会ったことないんでしょ?

練人:それはまあ、そうだけど

女性:まあまあ、遠慮しなさんな。やろやろ

練人:・・・うん、ありがとう

女性:いえいえ。とりあえず全部処分でいいのね?

練人:うん、処分処分

女性:いいのね?

練人:ん?何が?

女性:いや、仮にもこれ、お父さんの形見でしょ?

練人:おじさんと同じこと言ってる(笑)

女性:あら

練人:いいのいいの、父さんとの思い出はほぼないし、恵子が言う通り、家族って実感もないから、形見って感覚もなくて

女性:なるほどね・・・でもさ

練人:うん?

女性:もしかしたらすっごいお宝とかあるかもよ

練人:はい?

女性:いや、お父さん、作家さんだったんでしょ?秘蔵の作品原稿とかがこの中に埋もれてて、プレミアがついたり・・・

練人:ないない。俺もそれなりに本は読むけど、名前、聞いたことなかったし、おおかたうだつの上がらない貧乏作家ってとこだろ。

女性:そっか

練人:俺、この部屋やっちゃうからさ、恵子二階お願いしてもいい?

女性:いいよ、じゃあハイ、袋

練人:正午回る前にご飯食べ行こう

女性:このあたりなんかあるの?

練人:餃子が有名らしいよ

女性:餃子か、いいねえ

練人:それじゃ、頼むね

女性:はいはーい、任せてー

練人:ありがとー

0:女性はそういって階段を上っていく。

練人:さてと、とりあえず、ひたすら袋詰めだな

0:ガサゴソとビニールが擦れる音。原稿用紙が無造作に袋に投げ込まれていく。練人は鼻歌を歌う。

練人:もえろよもえろーよ、炎よもーえーろー

練人:ひのこを巻き上げ、天までこーがせー

練人:(原稿を一枚取って)ドリル先生・・・ドリル先生は、動物と、お話ができますが・・・逆に、人間とは話ができません

練人:・・・不便だな

練人:(原稿を一枚取って)フランバンはとぷとぷ、笑ったよ、なぜなら、河口湖の水が、非常に冷たかったから・・・山梨。

練人:なんだよそれ・・・パクリだし・・・

練人:もえろよもえろーよ・・・

0:と、一枚の原稿が練人の目に止まる

練人:ん?これ・・・

練人:(原稿を一枚取って)「しばらくの間、彼はそうして、目をつぶっていました。」

練人:「どれくらいの時間がたったでしょうか。遠くの方から呼ぶ声が、まるで大きなクジラのように、彼の耳に届いてくるのでした。」

練人:「それもつかのま、声はだんだんとはっきりとしてきます。声は意識のまだはっきりしない男の子の名前を、一生懸命呼びます。」

練人:「れんと」・・・なんだこれ

練人:「それでも意識がはっきりとしません。彼はすこしめんどうだなと思いぎゅっと、目をつぶりました。」

練人:「すると今度は、誰かが彼の肩を掴んで大きく揺らし、まるで大きな地震が来たようでした。」

練人:「声は、先ほどよりはっきりと、彼の名前を呼びます」

0:以下の女性はジョッキーとして登場

女性:れんと、れんと!おきてよ!れんと!

練人:・・・ええっと・・・

女性:何寝ぼけてんの、もう、しっかりしてよね

練人:えっと・・・君は?

女性:ちょっと、ふざけないでよ。それとも寝すぎて記憶がどっか飛んで行っちゃった?

練人:いや、うん、すこしぼんやりしてて・・・

女性:ジョッキーよ、私はジョッキー

練人:ジョッキーって、馬の?

女性:君、いつもそれ言うけど、君が50回私にそれを言ったら、私も50回同じ返しをするつもりだからね。

女性:そのジョッキーは私と関係ないから。ジョッキーはジョッキー、私は私。

練人:はぁ・・・

練人:「そういった彼女はボロい外套(がいとう)を身にまとって、僕に向かってニッと白い歯を見せて笑いました。」

車掌:お客様、切符を拝見

練人:「見ると、身の丈2メートルはあろうかという大男が、見た事もない制服を身にまとい、僕たちが座るボックス席を見下ろしていました。」

女性:ああ、はいはい、切符切符・・・はいこれ

車掌:拝見します・・・ありがとう、確かに、サウザンクロス、終点までご利用ありがとうございます。

車掌:あなたは?

練人:えっ、僕ですか?

車掌:・・・

練人:えっと、切符?

女性:持ってるでしょ、こういうの

練人:いや、えっと、僕わからないです

女性:え・・・?

練人:だって、気が付いたらここにいて

女性:何言ってんのよ、買ったでしょ、切符

練人:いや、ほんとに・・・

車掌:困りましたねえ、どこかありませんか、ポケットとか、そちらのカバンの底とか

練人:え?ああ、少し待ってくださいね・・・ポケットは何も、カバン・・・これ僕のですか?

車掌:いえ、わかりませんが、あなたの席に置いてあったので

女性:いつまで寝ぼけてんのよ、それ、あなたの仕事用のカバンでしょ

練人:あ、ああ、そう、そうだね、少し待ってくださいね

練人:えっとえっと、これは違うし・・・

女性:ごめんなさい、彼、さっきまで寝てて、寝ぼけてるんです

車掌:いえ、ごゆっくりお探しください。到着まで時間はありますし、こちらに乗車されてるという事はきっと、持ってますから

女性:そうですよね、あはは

練人:これ、なんだろう

女性:あったの?

練人:君のとは違うけど・・・

車掌:はい

練人:お願いします。

車掌:拝見。

車掌:・・・はあ、なるほど。

車掌:エンジニアの方でしたか、そうしたら特例が出てますから、こちらの許可証だけあれば、大丈夫ですよ。

練人:そ、そうなんですか?

車掌:ええ。どこも人不足ですから、エンジニアの方の移動費は特別に免除になっているんです。

女性:ちょっとまってよレント、あなたエンジニアだったの?

練人:うん、そうみたい・・・

女性:しかもその許可証、一等許可証ですよね

車掌:仰る通りでございます。

女性:一等って、そんなものなんであなたが持ってるのよ

練人:そんなにおかしいの?

車掌:おかしいことはございません。ただ、こちらの許可証は、鉄道が発行しているものではないので、ある程度の手続きを踏まないと手に入らないものではありますが。

練人:そうなんだ・・・

車掌:では、こちら、お返ししておきますね。

練人:ありがとうございます

車掌:(他の席に行って)失礼、切符を拝見。

0:練人、まじまじと許可証を見つめる。

女性:(小声で)どこから盗んだのよ、それ

練人:し、失礼だな、盗んでないよ・・・多分

女性:多分ってなによ!それはね、本当に特別なチケットなのよ。それさえあれば鉄道は乗り放題、どこまででも行けるし、どんな国にでも入ることができるの。

練人:へえ、そんなにすごいものなんだ

女性:なんでわかってないのに持ってるのよ・・・

練人:ごめん・・・でも、これ、嘉村練人(カムラレント)って僕の名前だ

女性:ほんと、印鑑も台紙も偽物じゃなさそうだし、とにかくそんなの持ってるって知られたら危ないんだから、バッグにしまっておきなさいよ

練人:危ないの?これ

女性:私の説明聞いてた?鉄道乗り放題、国を行き来し放題なのよ

練人:ああ、なるほど・・・わかった・・・

0:練人、許可証を仕舞う

女性:まったく。それで、どう思う?

練人:え?なにが?

女性:変だと思わない?

練人:・・・変って?

女性:さっきも言ったけど、私たちもうかれこれ3時間は列車に乗ってるじゃない?

練人:え、ああ、うん

女性:私ね、ここの路線乗るの初めてじゃないの

練人:ああ、そうなんだ

女性:それでさ、気づいたんだけど

練人:うん

女性:止まってないのよ、この列車

練人:止まってない?

女性:そう。プリシオン海岸とアルビレオ観測所を抜けて、本来なら小さな停車場に止まるはずなんだけど、素通りしてるのよ。

練人:それは、特急だから、じゃないの?

女性:トッキュウ?なにそれ

練人:え、特急とか快速とか、あるだろ?

女性:・・・?

練人:そうか、ないのかこの世界には・・・

女性:レント?さっきから大丈夫?

練人:ううん、なんでもない。それで?

女性:うん、それでね

女性:なんで止まらないんだろうってずっと考えてたんだけど

練人:うん

女性:止まらないんじゃなくて、止まれないんじゃないかなって思ったの

練人:止まれない?

女性:うん。さっきから窓の外見てるんだけど、どんどん列車のスピード速くなってると思わない?

練人:そ、そうだね

女性:でしょ。それにさっきの車掌さん、私の切符見て、サウザンクロス駅までって言ってた。

練人:それが?

女性:おかしいよ。だって私、ケンタウルまでしか買ってないから

練人:そのサウザンクロスの前の駅ってこと?

女性:そう、一駅前

練人:なるほど・・・でもそれが何か問題なの?

女性:このままだと、全員死ぬかも。

練人:えっ

女性:だってそうでしょう。今止まれないってことは、終点でも止まれない。制御ができてないんだよ。もし終点まで止まれなかったら、サウザンクロスで列車もろとも、ドカーン

練人:それは困るな・・・

女性:でしょ

練人:でもそれは、君の推測じゃないか、終点で、スッと止まるかもよ?

女性:まあ、その可能性もあるけどね・・・なんとか確認できないかしら

練人:確認って?

女性:事実の確認よ、この列車が各駅に止まってないのか、それとも止まれないのか・・・

練人:簡単じゃないかそんなこと

女性:え?

練人:すみません!車掌さん!

女性:ちょっとレント!

練人:ん?

女性:なにしてんのよ

練人:車掌さんに聞くのが一番早いんじゃないの?

女性:隠すに決まってんでしょ!もしなんらかの原因で列車が止まれないとしたら、本当の事なんて・・・

車掌:はい、お客様、どうしました

女性:・・・

練人:あ、車掌さん、一つ質問があるのですが

車掌:ええ、なんですか

練人:あの、この列車、駅に止まらないのかと思って

車掌:はい?それは一体どういう・・・

練人:いえ、先ほどから、停車場を素通りしてるじゃないですか?どうしてですか?

車掌:ああ、なるほど

練人:ええ

車掌:アナウンスもしようと思ってたんですけどね。こちらの便、サウザンクロスへの直通便に変更になりまして・・・

女性:えっ

車掌:はい。大変申しわけありませんが、途中の停車場には止まらないんです。

女性:なんで、そんな

車掌:それが、ですね、大変申し上げにくいのですが・・・

練人:止まれないんですか

車掌:えっ

練人:止まれないんじゃないんですか。止まらないんじゃなくて。

車掌:はぁ、もうそこまで・・・さすがはエンジニアさんだ・・・

練人:気づいたのはこっちですけど

車掌:なるほど、お連れの方も優秀なんですね。

女性:ちょっと、なんで私が「連れ」なのよ

練人:彼女は友達です

車掌:ああ、それは大変失礼いたしました。

女性:それで?止まれないってどういうこと?

車掌:ええ、実はですね。

練人:「そういうと彼は他の乗客に聞こえないように小さな声で語り始めた。この列車が自立式の電気エンジンを使っていること、そのエンジンが制御を失って列車が暴走していること。」

練人:「そして、このままだと終点のサウザンクロスで列車は惑星に突っ込んで、バラバラになってしまう事。」

練人:「列車を止めるには、エンジンシステムの解析と解体が必要との事だった。」

0:と、そこまで読むと二階から恵子が下りてくる。

女性:練人君ー

練人:ん?どうしたの

女性:二階、思ったよりプラスチックのやつ多くて

練人:あ、うん

女性:プラスチックって確か半透明じゃダメだったから、透明の袋買ってくるね

練人:わかった、気を付けてね

女性:はいはい

0:恵子、外に出ていく。沈黙。練人は原稿に再び目を落とす。

練人:「静けさの中、鉄道が線路を進む鈍い音だけが車内に響きます。」

練人:「最初に静寂を破ったのは、僕の向かいに座った彼女、ジョッキーでした。」

女性:いるじゃない、エンジニア

車掌:え?・・・あっ

0:車掌とジョッキーが熱い視線を練人に向ける。

練人:・・・え?僕?いやいやいや、僕は無理だって

女性:なにいってんのよ、あんたエンジニアなんでしょ?

練人:いや、それは、そうなんだけど、列車のシステムの解体なんて、やったことないし、僕には無理ですって

車掌:いえ、大丈夫ですよ。あなたは一等許可証をもっているんでしょう?幸いこの列車のエンジンシステムは旧式の2進数で組まれてる。きっとそんなに難しい構造じゃないと思います。

女性:・・・レント

練人:ええ・・・

女性:あんたなら大丈夫だよ、その許可証が証拠じゃないか、頼むよ

車掌:私からもお願いいたします。乗客の命を救ってください。

0:間

練人:わかったよ・・・

女性:レント!

車掌:レントさん!

練人:で、でも!見るだけ見るけど、わからなかったらそこまでだからな!

車掌:ええ、大丈夫です。でも、エンジニアの方だったらきっと大丈夫ですよ!

女性:助かったあ

練人:はあ・・・まさかこんなことになるとは・・・

女性:ほら、そうと決まれば車掌さん、エンジンルームに案内してよ

車掌:ああ、それなんですが・・・

女性:ん?どうしたの?

車掌:私は、立ち入れないんです、エンジンルーム

女性:え?

練人:どういうことですか・・・?

車掌:その、申し訳ないのですが・・・私は近づく事をゆるされていないのです。

練人:・・・誰に?

車掌:エンジンに、です。私たち鉄道職員は列車のメインコンピュータによって仕事を割り振られておりまして、車内の環境整備や接客、指示された仕事を遂行する事しかできないのです。

女性:そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!

練人:そ、そうですよ、人命がかかってるんですよ。

車掌:申し訳ありませんが、これは絶対なのです。エンジニアがクライアントの指示でお仕事をするように、鉄道職員は列車に逆らえないんですよ。

練人:エンジニアはクライアントにしばしば逆らいますけどね

車掌:鉄道職員は、公務員なので。

練人:そうなんだ・・・

女性:じゃあ、どうやってエンジンルームに行けばいいんですか

練人:そうですよ、僕たち、列車の構造なんてわかりませんよ

車掌:ご安心ください。簡単ですよ。レントさんと、えっと・・・

女性:ジョッキーです

車掌:ジョッキーさん。この列車は4両編成。つまり、4つの車両が連なっておりまして、この列車の最後尾が、今私たちがいるこの車両です。

練人:はい

車掌:鉄道というものは、一番先頭の列車にエンジンが来るように設計されているんです。

女性:じゃあ、ただ列車の先頭に歩いていけばいいだけってこと?

車掌:そうですね、仰る通りです。ただ・・・・・・

練人:ただ?

車掌:こちらの車両は一般車両なのですが、エンジン車両までの車両が少し特別で・・・

練人:特別?他の車両は一般車両じゃないってこと?

車掌:ええ、まあそういう事ですね。今いるこちらの一般車両から順番に、観光車、食堂車、エンジン車両となっております。

女性:普通じゃないの・・・なにが特別なのよ

車掌:そうですね。車両自体は特別なんですが、それぞれの持ち場を担当する責任者がいまして

練人:車掌さんみたいな人ってこと?

車掌:そうです。私は下っ端ですが、あとの二人は私の上司になります。

女性:ふーん、で、それがなんなの?

車掌:知られないようにしてほしいのです

女性:・・・どういうこと?

車掌:あなた方が列車を止めようとしているという事を、彼らに悟られないようにしてください。

女性:なんでよ、バレたって、乗客を助けようとしてるんだからいいんじゃないの?そもそもおたくが原因なんだし

練人:そうですよ。それに列車が終点にたどり着いたら、あなたたち鉄道職員も無事では済まないんじゃないですか?

車掌:ええ、そうですね。ただ・・・

練人:ただ?

車掌:命令が出てるんです、私たちには。「列車を止めるな」と。

女性:それも、エンジンから?

車掌:はい。

女性:自爆しようっていうの?

車掌:いえ、おそらくシステムは現在復旧を試みています。列車を止める方法を探っています。

練人:つまり、自己制御できるから、客には悟られないようにしておけってこと

車掌:はい。しかし、先ほどから列車の速度は上がり続けています。おそらくこのまま行ったら終点までに制御が間に合わずに・・・

女性:でも、なんでそれ、あっさり喋ったのよ

車掌:はい?

女性:客に悟られちゃダメなんでしょ、鉄道職員は列車に逆らえないのに、私たちに何で喋ったのよ

練人:たしかに・・・なんでなんですか?

車掌:それは・・・私が、鉄道を信じていないから、かもしれません

車掌:私は10年、この仕事をしてきました。時には楽しく、そして時には辛くあったこの仕事を心から愛しております。

車掌:しかし、私は鉄道を愛しているが、それはそこに憩う乗客の空気感や、車窓の移ろいが好きなのであって

車掌:私は鉄道自体を信頼しているわけではなかった。

練人:車掌さん・・・

車掌:あはは、不純な鉄道員ですね。

女性:私は素敵だと思うけどね。

車掌:そうですか?

女性:鉄道が好きな鉄道員より、鉄道員という仕事が好きな鉄道員の方が信頼できる。

車掌:なるほど

女性:ありがとね、教えてくれて

車掌:いえ、こちらこそ(深々とお辞儀をする)

車掌:さあ、時間は限られている。

女性:レント、行こう。

練人:うん

車掌:くれぐれもお気をつけくださいね。彼らはおそらく、時間稼ぎをしてくるでしょうから、何を言われても、急ぐように

車掌:エンジンルームは先頭の第一車両ですからね

練人:わかった、ありがとう。

車掌:さあ、行って

女性:車掌さん、絶対、列車止めるから・・・こいつが

練人:ジョッキーも手伝うんだよ!

女性:私機械音痴だもーん

練人:あ、ちょっと待てって

0:二人、最後尾から先頭車両の方へと進んでいき、車掌だけが残る。

練人:「車両の連結部分は木の板で補強されていて、がたがたとしていました。」

練人:「列車の周りにはたくさんの星々が、まるで宝石のように浮かんでおり、そのキラキラとした宝石は前から後ろへとゆっくり流れていくのでした。」

練人:「レントはもっとゆっくりそのきれいな光景を見ていたいと思いましたが、ジョッキーが目もくれず先へ行ってしまうので、慌ててそのあとをついていくのでした。」

練人:「次の車両の扉を開けると、そこは・・・」

練人:・・・ここで終わってる。

0:とその時、恵子が帰ってくる。

女性:ただいまー

練人:おかえり

女性:コンビニに売ってなくてすごい遠くまで買いに行っちゃったよ

練人:うん・・・

女性:車でいろいろ回ってきたけど、確かに餃子屋多いねー

練人:うん・・・

女性:どうする?そろそろお昼にする?・・・って全然片付いてないじゃん!

練人:うん・・・

女性:錬人くん?どうしたの?

練人:・・・やっぱ捨てない

女性:え?

練人:読みたくなった、持って帰る

女性:えー!?これ全部!?

練人:うん、いったん全部。

女性:・・・おもしろかったの?

練人:いや、大体詰まんない

女性:なんなんだよ(笑)

練人:でも・・・

女性:でも?

練人:ううん、なんでもない。あとでこっちも手伝ってよ。

女性:ん、うん、いいよ

練人:で、なんだっけ?

女性:餃子

練人:ああ、餃子、いいねえ、行こう

女性:お腹すいたー!餃子!

練人:餃子!餃子!

女性:ビール!ビール!

練人:ビールはだめ

女性:えー!

練人:夜ね、全部終わったら飲も

女性:そうだね。じゃあとりあえず餃子!

練人:餃子!餃子!

0:二人、家から出ていく。部屋に散乱した原稿用紙が、窓から差し込む昼過ぎの明かりに照らされて煌煌と輝いている。

●二両目●

0:殺風景な部屋には段ボールやごみ袋が積み上げられていて、その真ん中のテーブルで練人と恵子が座っている。

練人:いやあ、本当にありがとうね

女性:さっぱりしたね、部屋

練人:うん、おかげさまで。

女性:餃子、焼く?

練人:ガス止まってるよ(笑)それに、もう今日はもうお腹いっぱい

女性:あー、お昼たくさん食べたもんね。じゃ、まあ一杯だけ。乾杯。

練人:乾杯、ありがとー

女性:お疲れ様ー

0:すこしの間。

練人:でもほんと、一日で片付くとは思わなかった

女性:感謝しろよー?

練人:ははー、ありがとうございます

女性:冗談、よかったね

練人:うん、一人じゃこの量は終わらなかった。助かった。

女性:練人君はお礼が言えてえらいねー

練人:茶化すなよ

女性:ごめんごめん。でもさ、よかったわけ?全部処分じゃなくて

練人:うん、実はさ、お昼、片付けてる最中に、気になるもの見つけて

女性:なに?小説?

練人:うん、そうだね、原稿用紙にね、俺の名前が書いてあってさ

女性:へえ・・・「練人の冒険、ドキドキヒロイン救出大作戦!」みたいな?

練人:なんだそれ

女性:いやわかんないけど。練人君がヒロインの私を救出する冒険活劇!だったらいいなって

練人:恵子と父さん面識ないだろ

女性:なんなら練人君とお父さんも面識ないもんね

練人:まあそうなんだけどさ

女性:(ビールを一口飲んで)で?どんなお話だったの?

練人:銀河鉄道が暴走する話

女性:なんじゃそら

練人:わかんないんだけど、小説の中の俺はさ、気づいたら宇宙を進む銀河鉄道に乗ってて、ジョッキーっていう相棒と共に、暴走した列車を止めに行くの

女性:ほう?

練人:でも車両ごとに行く手を阻む責任者がいるらしくて・・・ちょっとまってて

女性:うん

0:練人、段ボールの山から一箱持ってきて、中を開く。

女性:それがそうなの?

練人:うん、さっき分別してさ、俺もまだ途中までしか読んでないんだけど、ほら、これ

女性:へえ・・・「次の車両の扉を開けると、そこは会議室のような作りになっていて」・・・次の車両って?

練人:最後尾から物語は始まって、先頭車両のエンジンルームを目指してるの。

女性:なるほど

練人:物語の中の僕はエンジニアで、列車は僕しか止められないらしい

女性:(笑って)なに?練人君がエンジニア!?なんで!

練人:知らないよ、父さんに聞いてくれ

女性:練人君足し算すら苦手な文系人間だもんね

練人:足し算くらいはできるよ

女性:65足す28は?

練人:・・・・・・93

女性:(笑って)遅いよ

練人:すぐそうやって馬鹿にして

女性:あはは、ごめんごめん。えっとそれで・・・

女性:「次の車両の扉を開けると、そこは会議室のような作りになっていて、先頭に続く扉の手前には演説台が一つ置いてあります。

女性:「そして演説台のマイクに向けて、なにかをしゃべり続けている男が一人おりました。」

化学顧問:えーみなさんよろしいでしょうか、右手に見えますのがコルとカルリの双子の星です。

化学顧問:双子のお星さまには二種類ありまして、実際に二つお星さまがある場合は実視連星(じっしれんせい)と、

化学顧問:光の加減で一つの星があたかも二つであるかのように「見える」星のことを分光連星(ぶんこうれんせい)と申します。

化学顧問:そして、ご紹介しているコルとカルリの双子星は、いわば惑星と衛星の関係、実際に二つの星がある「実視連星」のほうでありまして

女性:「男は夢中になって話しているので、今のうちだとおもい、レントたちは先を急ごうと、演説台の脇を抜けて先頭車両の方へ行こうとしました。」

女性:「すると男は演説をやめ、鋭い目線を二人に向けて、マイク越しに言うのでした。」

化学顧問:お客様。まだお話が終わっておりません、どうか、最後まで

練人:急いでいるんです、私たちはこの先に用事がありまして

化学顧問:あなた方は、乗客ではないのですか

練人:いえ、乗客です・・・多分

化学顧問:ならこちらで私の案内を聞いた方がよろしいですよ。

化学顧問:ここではね、皆様の旅を安全に終えていただくためのハウツーをレクチャーしているのです

女性:でも、ごめんね、私たち本当に急ぐから

化学顧問:この案内は、乗客の方全員に受けていただいております、あなた方の命にも関わることですから・・・

女性:全員って、この部屋にはあなたしか居ないじゃない

化学顧問:あなた方がいるじゃないですか

練人:お願いだよ車掌さん

化学顧問:私は車掌ではありません

練人:え、そうなのか

化学顧問:私はこちらの列車の化学顧問をしております。

化学顧問:こちらの車両を任されて、乗客の皆さんに安全で快適な旅を送っていただけるよう、科学的根拠に基づいた案内をこちらでお話しているのです

練人:科学的根拠ですか・・・?

化学顧問:ええ、ですから、あなた方にもぜひ足を止めてこちらでお話を聞いていっていただきたいのです。

女性:そんな時間ないって

練人:車掌さんの言う通りだね

女性:どうしよう・・・

練人:化学顧問さん

化学顧問:ええ、どうされましたか

練人:それでは、こちらも一つ条件をだしてもよろしいでしょうか

化学顧問:はい、聞きましょう

練人:問題を、出してください

化学顧問:問題?

練人:そうです。あなたが言う、安全な旅を送るために必要な案内。

練人:その案内に関しての問題です。

練人:もし、3回連続で僕たちが答えられたら僕たちの勝ち、答えられなかったらこちらの負け、いかがでしょうか

化学顧問:ずいぶん自信があるのですね

練人:ええ、旅の心得には自信がありますから。

化学顧問:いいでしょう、あなたたちが勝てば、次の車両へとお進みください

練人:約束の握手です。

化学顧問:・・・その代わり、私が勝てばあなた方にはしっかりとこちらで私の授業を受けていただきますよ

女性:ちょっと待った

練人:え、なんだよ

女性:ちょっとちょっとすいませんね、こいつ借りますよ

化学顧問:は、はぁ

0:ジョッキーは部屋の端にレントを連れていく。

練人:なんだよ

女性:あんた、なに言ってんのよ

練人:え、なにって

女性:問題を出してって、答えられる自信あるわけ?

練人:うーん

女性:あいつ、学者でしょ?専門的な問題を出されたら・・・

練人:でも、ああでもしないと通してくれなさそうだったから

女性:あんたはホント、いっつも無鉄砲なんだから・・・

練人:でも、答えられたら先に進めるわけじゃないか?

女性:答えられなかったらあいつのつまらない話を延々と聞かされた挙句に列車ごとバラバラだけどね

練人:・・・多分、大丈夫だよ

女性:なんでそんなのわかるのよ

練人:あの人多分、学者じゃないから

女性:へ?

練人:あの人の見なり、一見すると学者のようだけど、よく見ると違うんだ

女性:ど、どういうこと?

練人:まず、靴。かなりすり減ってた。学者というより、もっと足を使う職業じゃないとあんなすり減り方はしないと思う。

練人:それと、手。握手した時に手のひらにマメの跡があったんだ。

女性:マメ?

練人:そう。はじめはペンだこかなとも思ったんだけど、ペンだこなら手の平にマメが出来るハズはない。

女性:レント、そんなとこまで見てたの?

練人:普通見るでしょ

女性:見ないよ普通

練人:多分あの人、鉄道会社の営業とか広報とか、あるいはガイドとかを担当している人なんじゃないかな

女性:でも、それがわかったからってなんなのよ

練人:たぶんだけど、そんなに難しい問題は出してこないと思うよ。

女性:・・・なんで?

練人:だって、難しくて分りづらい旅行プランじゃ、誰も応募したいと思わないじゃないか

女性:でも・・・

練人:わかってる。あくまで推測だけど・・・でも、あれ以上の手段はなかっただろ?

化学顧問:そろそろいいかね

練人:あ、ああ、すみません。

化学顧問:私も仕事中なんだ。いつまでも君たちを待つほど時間がないのでね。

練人:申し訳ありません。

化学顧問:ふむ、じゃあ、いいかな、問題をだしても

練人:ええ、どうぞ

化学顧問:それでは、第一問。右手をご覧ください。

女性:右手?

化学顧問:どんな列車も線路を進んでいます。こちらの列車も例外ではありません。

練人:はい

化学顧問:こちらの路線が走っている地帯、この地帯には、ある名前がついております。それはまるで牛乳を垂らしたかのような、天にかかる一筋の川のような・・・

練人:ミルキーウェイ、天の川・・・ですか?

化学顧問:む、そうですね。いやはや、少し簡単すぎましたかね。

化学顧問:では次です。銀河ステーションを出て、すぐのところに、白鳥の停車場がありますね。

女性:ええ、今日は通り過ぎちゃったみたいだけど

化学顧問:その白鳥の停車場の近く、プリシオン海岸に広く生息している鳥がおりまして、この鳥の種類を答えてほしいのです。

練人:鳥・・・?

化学顧問:わからないですか・・・?

女性:あ、私それ見たかも

化学顧問:何?

女性:白鳥の停車場のあたりで、ぼんやり窓の外を見てたらさ、でっかい鳥の群れが、列車を追いかけてきたの

練人:ええ、僕は見てないけど・・・

女性:あんた寝てたじゃない、気持ちよさそうに

練人:起こしてくれたっていいじゃないか

女性:見たかったの?

練人:見たかったよ・・・で、どんな鳥だったの?

女性:首の長い、でっかい鳥・・・頭の部分はこう、赤と黒で・・・

練人:鶴・・・?

化学顧問:・・・いいでしょう。正解です。

化学顧問:あの辺りには、サギとか鶴とかが生息していて、この季節になると食料にもなる彼らを掴める、いわゆるハンティングツアーとかも企画されてましてな

化学顧問:では、最後の問題です。

練人:お願いします。

化学顧問:あなたにとって、本当の幸せとはなんでしょうか

練人:・・・なんですって?

女性:なによそれ、そんなの問題じゃないじゃない

練人:「本当の幸せ」・・・ですか?

化学顧問:そうです、あなたにとっての本当の幸せは一体なんでしょう。

練人:そんなの、わからないです・・・

女性:レント、まともに答えなくていいわよこんな問題。

練人:うん・・・

女性:問題っていうか、これはもう質問じゃない

化学顧問:最後の問題ですよ

女性:レント、行こう、こんなやつに時間使うことないって

練人:本当の、幸せ・・・

化学顧問:わかりませんか

練人:僕は・・・

化学顧問:ええ

練人:僕にとっての本当の幸せが何かは、わかりません。

化学顧問:そうですか・・・

練人:でも・・・

練人:僕は、僕のやるべきことをやらなければと思っています。

化学顧問:やるべきこと・・・?

練人:この列車を、止める事です。

化学顧問:それが、あなたの幸せに繋がりますか?

練人:はい、このまま行けば、多くの人の命が失われてしまう。あなただって無事じゃすまない。

化学顧問:・・・そうですね。

練人:僕は止めて見せます。自分が生きて、この子が生きて、その他のみんなが生きていく。

練人:これが、今の僕が願う一番の幸せです。

女性:レント・・・

化学顧問:そうですか・・・それが答えでよろしいんですね

練人:はい

0:間

化学顧問:いいでしょう。行きなさい。

女性:え、正解だったんですか。

化学顧問:ええ、100点満点ではありませんがね。あなたがたは十分に、生きていけます。

練人:はあ

化学顧問:(念押しするように)100点満点ではありませんがね

練人:何度も言わないでくださいよ。

化学顧問:(ぼそっと)100点なんて、ありえませんがね

練人:え?なんですか

化学顧問:なんでもありません。

練人:そうですか・・・

化学顧問:では私は仕事に戻るとしましょう。思ったより時間を取られてしまった。

練る人:すみません

化学顧問:くれぐれも騒ぎは起こさないように。

練人:「そういって、彼はまた、誰もいないその部屋に向かって、超新星爆発の都市伝説だとか、ブラックホールの限界点だとかについて早口で話すのでありました。」

練人:「列車の連結部分は、相変わらず危ういつくりでしたが、レントもジョッキーも、もう恐れる気持ちはなくなっておりました。」

練人:「周りの星空は、さきほどよりはるかにスピードを上げて、まるで流星群のように筋となって、二人の乗る列車の後ろへと流れていきます。」

●三両目●

練人:「二人はしっかりとした足取りで連結部分を歩いていきます。」

練人:「突き当りには、木製の簡素なドアが備え付けられており、扉にはめ込んであるすりガラスからは暖かい常夜灯の光が、淡くこぼれております。」

練人:「扉を開けると、そこは豪華な食堂列車でした。洋風の作りの車内を見渡すと、一見そこには誰もいないようでしたが」

料理長:はいはい!ただいま!

練人:「奥の扉から、速足で歩いてくる男が一人。立派なエプロンを付けた彼はとてもうれしそうな顔で二人に近づいてきて言いました。」

料理長:いらっしゃいませ!お客さんなんていつぶりでしょう

女性:あ、いや、私たちはその

料理長:はいはい、お席へどうぞ、いやはや、うれしいなあ、お客さんだ

練人:あの、すみません、ちょっと

料理長:はいはいはい、それでは少しゆっくりね、あ、肩の力は抜いてくださいね。高級なつくりの車内ですが、洋食だって海の向こうの国では庶民の食べ物、日本でいうおでんとか肉じゃがとかと同じなんですから

料理長:ね、だから、リラックスして。

料理長:メニュー持ってくるんで、ちょーっとお待ちくださいね!

練人:あ、あのー!・・・行っちゃった

女性:騒がしい人、あの人がこの車両の責任者?

練人:多分ね・・・強敵だな

女性:そうね・・・とにかくあの人をどうにかしなきゃ、ここから先には進めなさそうよね

練人:どうにかったってなあ

女性:人の話聞かないタイプだよね

練人:うん・・・苦手だ・・・

女性:私も・・・

料理長:お待たせいたしました、こちらお冷になります。長旅は疲れますからね、うちのお水は天の川の水をろ過して作ってますから、おいしいですよ

女性:あの、すみません

料理長:そして、こちらがメニューになります。

女性:すみません。

料理長:はい?

女性:あ、反応した。耳ついてたんですね。

練人:おいジョッキー、失礼だぞ

料理長:ああ、すみませんお客様、わたくし少し舞い上がってしまいまして、なにせ久しぶりのお客様でしたもので・・・

練人:えっと、あなたは

料理長:はい、わたくしこちらの車両の料理長を務めております。

練人:料理長さんでしたか

女性:あの、料理長さん

料理長:はい、なんでしょう。

女性:私たち、少し急いでて、ここでゆっくりしてる時間ないんですよ

料理長:そ、そんなあ!せっかく久々のお客様だというのに!

女性:すみません、本当に急いでて・・・

練人:僕からも、お願いします。きっとまた来ますから。

料理長:みなさんそう言って、来てくれない方が多いんですよ・・・

料理長:そもそもここは鉄道の食堂でしょう?次乗る車両にはまた別のコックがいます・・・

練人:料理長さん・・・

料理長:せっかくこうして出会えたのに、一品もご注文いただけないなんて・・・私は何のために生まれてきたのか・・・何のために・・・

0:料理長、泣き出してしまう。

女性:ごめんなさい・・・さあ、行こうレント

練人:一品だけ・・・

女性:え?

練人:一品だけ、食べていかない?

女性:え、レント?

練人:だって、かわいそうじゃないか、こんなに泣いちゃって

料理長:びやぁーーーー

練人:ほら、テーブルに水たまりができてる

女性:でも、早くしないと、

練人:うん、そうなんだけどさ、料理長さん

料理長:・・・なんでしょう

練人:サウザンクロスまで、あとどのくらいですか?

料理長:そうですね・・・あと2時間くらいですかね・・・一品くらいは、食べる時間はあるかと・・・

練人:ジョッキー、一品だけ、お腹もすいたしさ

女性:・・・はぁもう、まったく、レントはお人よしなんだから、しょうがないな・・・

料理長:お客様・・・!

練人:その代わり、一品だけだからね

料理長:ハイ!一品ですね!ありがとうございます!こちら、メニューからお選びいただければ、すぐに持ってまいりますので!

練人:うん、わかった。

女性:で?おすすめは?

料理長:はい?

女性:おすすめ、あるでしょ?シェフのおすすめ。

料理長:おすすめですか・・・そうですね、当店すべて一押しのメニューとなっておりますので、特別おすすめは・・・

練人:(笑って)全部おすすめだって

女性:レント・・・悠長にしてるとドカンだよ

料理長:なんですかドカンって?

練人:ああ、いいの、なんでもない、なんでもない

練人:えっと、そしたらじゃあ・・・ってなんだこれ

練人:リュウグウノツカイ御膳・・・?

料理長:はい、そちらはこの天の川に生息しておりますリュウグウノツカイを星塩(ほしじお)でキリッと絞めたものをお刺身に、スープとライスも一緒に召しあがっていただけます。

練人:・・・いきなり和食じゃないか

料理長:いえお客様、そもそもお魚を生で食べるというのは世界各地の食文化に共通して見られる傾向でして、こちらのリュウグウノツカイも、常温で日持ちするのでメシエ星団のあたりでは保存食として食されているんですよ。

練人:ちなみにこの付け合わせのスープの味付けは?

料理長:おみそでございます。

練人:和食じゃないか!!

料理長:申し訳ありませんお客様、つい先日までは卵スープだったのですが、まったく人気が出なくて・・・

料理長:乗客に日本のお客様が多かったので、それならと、お味噌を使い始めた次第でして・・・

練人:そうなの・・・?じゃあもう、それでお願いします。ジョッキーはどうする?

女性:うーん・・・私はホント、なんでもいいかな。見せて。

女性:・・・この渡り鳥のから揚げっていうのは?

料理長:お、そちらですね。

料理長:そちらプリシオン海岸から先日入荷したばかりの新鮮なガンのもも肉を油でカラッと揚げたものに、海岸のお水から作ったお塩をつけて召し上がっていただきます。

女性:じゃあ、それでいいかな

料理長:かしこまりました。オーダー、リュウグウノツカイ御膳と、渡り鳥のから揚げお願いします!

0:間

料理長:では、作ってまいりますので

女性:あ、自分で作るんだ

料理長:私一人でやってますもので

練人:なるべく早めにお願いしますね

料理長:はい!もちろんでございます。私の丹精を込めた、至高の一品を、最短で、超光速で、こちらに、ズバッと、いや違いますね、シュバッと―

女性:はやくいきなさいよ!

料理長:少々お待ちを!

0:料理長はシュバッとバックヤードに引っ込む。

女性:まったく騒がしい料理長ね

練人:まあ、時間はあるみたいだし、少しくらいならいいんじゃないかな

女性:時間があるってレント、エンジンを解除できるかもわからないんでしょ?

練人:うん、まあね

女性:まあねって・・・

練人:でもさ、あの人あんなに必死だったし

女性:・・・とにかく、食べたらすぐに行くんだからね

練人:そんなこと言って、ジョッキーだって本当はお腹すいてるんじゃないの

女性:そんなことないわよ

練人:さっきの車両で、鳥の話してた時、お腹なってたよ

女性:うそ

練人:うそ

女性:あんたねえ

0:料理長、料理を手に持って戻ってくる。

料理長:お待たせいたしました。こちらリュウグウノツカイ御膳と、渡り鳥のから揚げでございます。

練人:わあ、おいしそう!鯛のお刺身みたいだ!

料理長:リュウグウノツカイでございます。

練人:ああ、うん

料理長:からあげの方は、一つサービスしておきましたので、ごゆっくりどうぞ

女性:・・・さ、食べるわよ

練人:うん、いただきます

女性:いただきます

0:間

女性:・・・あなたいつまでいるのよ

料理長:はい?

練人:そうですね、見られてると少し、食べづらいかもしれません

料理長:はっ!わたくしとしたことが、大変失礼しました

料理長:では、わたくしは奥におりますので、御用があればお申しつけください。

0:間

練人:見てるよね、あれ

女性:見てるわね、完全に

練人:ま、いいか、時間もないし、食べちゃおう

女性:そ、そうね

0:レント、皿の上のつやつやの刺身を一枚、口に運ぶ

練人:・・・ん!これおいしい!癖のない味、油の乗った身はほんのりと塩気があって、歯ごたえも絶妙でおいしい!

0:レント、味噌汁を飲む

練人:わあ、みそ汁もおいしい!これ赤だしかな、コクがあって食欲をそそる!三つ葉の香りがほんのり鼻に抜けて後味さわやか!

0:レント、ごはんを一口。

練人:ごはんつやつや!噛めば噛むほど甘くなる!味噌汁の塩気とお刺身の香りがこの甘みに包まれて、おかずが進む!

0:レント、そんなこんなでペロリとお膳を食べ終える。

練人:ふうー!ごはん、お刺身、みそ汁、これはもう「食のバミューダトライアングル」だね!あっという間に、完食!ごちそうさまでした!

女性:・・・

練人:ジョッキー?

練人:から揚げはどうだった?

女性:(苦しそうに)・・・おいしかったわ

練人:そっか、よかったよかった。料理長さん!

0:厨房から料理長がすぐに飛んでくる

料理長:はいはいなにか!

練人:ごちそうさま、ほんとにとってもおいしかった。今まで食べた中で一番幸せな食事だったよ

料理長:身に余る光栄でございます!

練人:じゃあ、そろそろ僕たちは先に行きますね

料理長:やはり行きますか・・・

練人:ごめんなさい、とても急いでいるので

料理長:いえ、当店にご来店いただけて、光栄でございました。本当にまた、来てくださいね。

練人:絶対また来ますよ!ね、ジョッキー!

女性:パスタ・・・

練人:え?

女性:リドベルクソースの冷製パスタ

料理長:ええと、その・・・

練人:ジョッキー?

女性:料理長!冷製パスタ一つ!

料理長:は、はい!ただいま!オーダー!リドベルクソースの―

女性:早く!

練人:「そうして始まったジョッキーの注文は、アルクトゥスの鍋膳、カペラのカルパッチョ、カストルの刺身と続いて、メニューの端から端までを順番に制覇していくのでした。」

練人:ジョッキー、ちょっと食べすぎじゃあ

女性:ドルチェ!アルフェッカパルフェ!

料理長:か、畏まりました!オーダー!ドルチェ入ります!

練人:「テーブルには色とりどりのお皿が並び、立ち込める湯気と、気持ちのいいほど豪快にそれらの料理を平らげるジョッキー」

練人:「こうなりますと、店主は店主で大騒ぎ、料理のサーブからオーダーコール、調理に盛り付け、厨房は大騒ぎ」

練人:「止まらない彼女の食欲に奮闘していた料理長ですが、丁度ジョッキーが24皿目の注文を言いつけた時に、疲れ果ててこう言いました。」

女性:この、ハマルの丸焼きっていうのもおいしそう!次はこれ!

料理長:はぁ・・・はぁ・・・

料理長:もう・・・おわりです

女性:え?

料理長:もう、お店の在庫が空っぽです、注文は・・・申し訳ございませんが、もうお受けできません・・・

女性:あら、そう。残念・・・

練人:ジョッキー、君は、一体どれだけ食べれば気が済むんだ・・・

女性:まだまだ食べれるわよ。私胃下垂(いかすい)だから。

練人:いや、君は胃下垂で説明のつかない量を平らげてるよ・・・

女性:しょうがないわね・・・それじゃあ、お会計

料理長:・・・

女性:料理長さん?

料理長:(しくしくと泣きながら)お客様・・・私は15歳の時にこの道に進んで、13年の修行を経てこちらの列車にお店を構えさせていただいております。

料理長:それから30年、毎日、お客様に料理を提供してまいりました・・・

女性:なるほどね、それだけのベテランなら、この味が出せるのも頷けるわね。

料理長:ありがとうございます・・・しかし・・・

女性:ん?

料理長:しかし!今日ほど嬉しかった事はありません!店の、店の食材がすべてなくなった!もう今日は閉店ですが、そんなことはどうでもいい!

女性:ちょ、どうしたの

料理長:嬉しかった・・・あなたは出す料理すべてを、一言も、何も言わずに食べていました。

料理長:私の料理を、ただただ味わってくれた。

料理長:そして、途絶えることなく次の注文をしてくれた。

料理長:これが料理人にとってどれほどうれしい事かわかりますか・・・!

女性:あ、ああ、そう?でも本当においしくて、夢中で食べちゃって・・・

料理長:お代は要りません。そしてそれ以上の感謝を、あなた方に!

練人:え、でもそれはさすがに

料理長:いいのです!これまでの人生で、こんなにいい日はもう訪れないでしょう。

女性:そんな、ちょっと大げさだって・・・

料理長:いえ、ありがとうございました。

0:しくしくと泣く料理人。しばらくの沈黙。ふと気が付いたように、レントが口を開く。

練人:あれ、すみません料理長さん、今、どれくらいですか

料理長:はい・・・?

練人:いえ、サウザンクロスまで、最初に聞いたでしょう、あとどれくらいで終点でしょうか

料理長:そうですね。あちらに見えているのがアルファケンタウリなので、このまま行けばあと1時間くらいで到着するかと。

練人:まずい!ジョッキー!

女性:いけない、すっかり時間をつかっちゃった

練人:急ごう

女性:料理長さん、お金本当にいいのね!

料理長:もちろんでございます。お時間がない中、お引止めしてしまって申し訳ありません・・・

女性:ううん、いいの。あなたの料理すっごくおいしかったよ・・・

料理長:ありがとうございます・・・

練人:また、機会があったら必ず来ますから!

料理長:はい、あなた方ならいつでも歓迎でございます!

練人:うん、じゃあ、本当にごちそう様でした

料理長:はい、お気をつけて

女性:じゃあね!

料理長:あの!

練人:はい!どうしました!

料理長:最後に、お名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか。

練人:ああ・・・僕は、嘉村 錬人(カムラレント)。

料理長:はあ、カムラ様・・・そちらのご婦人は?

女性:ご婦人って・・・まあ、名乗るほどでもないけどね

女性:私は恵子、レントの将来のお嫁さんになる女よ(どや顔)

0:一瞬にして空間が戻り、そこはもとの殺風景な部屋になる。

練人:おい・・・違うだろ

女性:いいじゃない、なんかこいつ、私と似てるし

練人:めっちゃ食うところとか?

女性:失礼だな君は

練人:ははは

女性:ビールおかわり、錬人君は?

練人:うん、じゃあいただこうかな。

女性:そう来なくっちゃ

0:恵子、冷蔵庫にビールを取りに行ってすぐに戻ってくる。

女性:はい、どうぞ

練人:ありがと

0:プシュっとプルタブを開ける音。しばらくの間。恵子と錬人はビールをすぐには飲まず、隣り合って目の前を見つめながら、話す。

女性:・・・いよいよだね

練人:うん

女性:エンジン、止められるかな

練人:・・・わかんない

女性:でも、レントなら、きっと大丈夫だよね

練人:またまた、なにを根拠に

女性:だって、レントは、私の旦那になる人だもん

練人:・・・うん、そうだね

女性:頑張ろうね

練人:うん・・・

0:間

練人:それじゃあ、乾杯

女性:・・・乾杯

0:二人、静かにビールに口をつける。

0:直後、殺風景な部屋に再び小宇宙が広がる。すさまじい風に吹き飛ばされそうになる二人。

●終点●

0:殺風景な部屋に再び小宇宙が広がる。すさまじい風に吹き飛ばされそうになる二人。

0:以下は物語の中なので女性はジョッキーとして登場

女性:なにこの風!

練人:外だからじゃない!すごい風だな!!

女性:宇宙になんで風が吹いてるのよ!

練人:とにかく進もう!先行って!

女性:わかった・・・!

0:二人、進んでいく。

練人:後ろ、抑えてるから扉あけてくれ!

女性:うん、わかった!

0:ジョッキー、扉を開ける

練人:どう?開きそう?

女性:今やってるって!

練人:早く!飛ばされる!

女性:ハンドル硬くて・・・開けええ!

練人:くっ・・・

女性:このやろおおおおお!

0:扉が開く

女性:開いた!早く!

練人:ナイスだジョッキー・・・閉めるよ!気を付けて!

0:扉が閉まる。

練人:はぁはぁはぁ・・・

女性:はぁはぁ、助かった・・・

0:間。二人とも息を整える。

練人:なんだったんだよ一体・・・

女性:真っ暗ね・・・ここ

練人:ああ・・・

女性:・・・

練人:ジョッキー

女性:なに?

練人:「このやろう」は女性としてどうなんだろう

女性:はい?

練人:いや、君が扉を開ける時の掛け声さ・・・

女性:気合を入れたのよ

練人:うん、でもコノヤロウは、やっぱりちょっと・・・

女性:うっさいわね!そんなこと言ってる場合じゃないって!

練人:ごめん・・・

女性:ここが、エンジン車両?

練人:とりあえず明かりがないと、何も見えないな・・・スイッチ的なものがあればいいんだけど

女性:そんな都合よくスイッチがあるわけないでしょ

練人:わからないじゃないか

女性:とにかく、暗くても進むしかないでしょ

練人:こ、この中を進むの!?

女性:・・・怖いの?

練人:いや、怖いってことはないけど・・・

女性:ふーん

練人:怖くはないけど・・・そうだ、君が危険な目にあったらいやだなって

女性:危険な目って?

練人:それはほら・・・刃物とかが転がってたらどこかを怪我するかもしれないし

女性:じゃあレントが前歩けばいいじゃない、私それについてくから

練人:えっ・・・

女性:レント怖くないんでしょ?私怖いから、守ってほしいな

練人:ええ・・・わかったよ・・・

女性:はい、じゃあここ掴んでるから、歩いて歩いて

練人:ジョッキー、ほんとに怖がってる?

女性:うん、怖い怖い、さあ歩いてー

練人:まったくもう・・・ん?なんだこれ

女性:・・・どうしたの?

練人:いや、なんか目の前に・・・ヒモ?

女性:ヒモ?

練人:うん、なんか、ヒモが垂れ下がってる、上から

女性:どんなヒモ?

練人:細長くてつるつるしてて・・・先っぽに、筒状の・・・

女性:それ・・・電気のヒモじゃないの?

練人:え?いや・・・まさか

女性:引っ張ってみてよ

練人:ええ!危ないよ!ギロチンに繋がってたらどうするんだよ!

女性:まったくビビりねえ・・・

練人:暗いところ苦手なの!

女性:ちょっと待ってね、どれどれ

練人:ちょ、ジョッキー!?

女性:ちょっと動かないでよ

練人:ジョ、ジョッキー、そんなべたべた触るなって!

女性:気持ち悪い声ださないでよ

練人:それに、くすぐったいって!やめろよ!

女性:えっと、ここが手だから・・・ほんとだ、ヒモだねこれは

練人:気をつけろよ!

女性:えいっ

練人:おいジョッキー!

0:カチッという音とともに電気が付く。

0:そこは機械的な空間。鉄製の壁にネオンに光る配管が何本も通っていて、不気味な光を発している。

0:と、空間全体に無機質な合成音声のアナウンスが流れる。

エンジン:メイン照明点灯。サブ電力起動、システム管理モードに切り替わります。

練人:明るくなった・・・

女性:うん・・・

練人:ジョ、ジョッキー?顔・・・近くない?

女性:ひっ

0:パチンという音。レントは張り手を受ける。

練人:いたっ!なにすんだよ!

女性:今エロい事考えたでしょ!

練人:なんだよエロい事って・・・

女性:なんでもない

練人:痛いなあ・・・

女性:それは私の心の痛みよ

練人:なにわけわかんないこと言ってんだよ・・・

女性:さて、電気がついたわけだけど

練人:話そらすなよ・・・

女性:ここがエンジン車両で、間違いなさそうね

0:エンジン車両をまじまじと見渡す二人。

女性:思ったよりハイテクね・・・何?あのネオンライトみたいな管(くだ)

練人:銅線じゃないかな・・・あれで他の車両に電気を送ってるんだとおもう・・・

女性:さすがエンジニア

練人:あくまで憶測だって

女性:で、肝心のエンジンはどこにあるのかしら

練人:これが本当に電力を送る配管だとしたら、さかのぼっていけば大元に繋がってるはずだけど

女性:なるほど・・・時間もないし、いったんその手で行きましょうか

練人:うん。

0:二人、エンジンルームを歩いて進む。時折プシューという蒸気の音がしている。

練人:料理長さん、あと1時間って言ってたね

女性:そうね

練人:ってことは、もう40分も残ってないかな

女性:体感ではもう1時間くらい経ってる気がするんだけど

練人:うん・・・

女性:レント

練人:うん?

女性:止められなかったら、どうする?

練人:ここに来て君がそれを言うんだ

女性:ごめん・・・でも、もし止められなかったら

練人:止めるよ、止めなくちゃならないんだ

女性:そ、そうよね

練人:でも、もし、もし止められなかったら

女性:うん

練人:・・・

女性:レント?

練人:ジョッキー・・・いや、恵子

女性:えっ・・・はい、なんでしょう

練人:もしここで死ぬとしたら・・・結婚しよう

女性:は?

女性:・・・ちょ、ちょっと待ってよ!

練人:嫌なの?

女性:いや、嫌ではないけど・・・その、なんで今なの?

練人:死んだら言えないと思って

女性:それに、それって列車を止められたら結婚はしないってこと?

練人:止められたら、その時はゆっくり話せるじゃないか

女性:いやいやいや・・・

練人:まあ止めるけどさ、全力で

女性:うん・・・

練人:ただ、もし止められなかったら、俺は恵子と結婚する

女性:あの、レント。

女性:何回も言ってるけどそれ盛大な死亡フラグ―

練人:(遮って)ジョッキー、見て

女性:えっ

練人:エンジンだ・・・

0:二人、目の前を見る。蛍光ブルーの液体が大きなカプセルに充満しており、光はゆっくりと点滅している。

エンジン:解析中。ゼロ、ゼロ。機能性スペクトル、ゼロ、パッチ応用失敗。リターン。

女性:これが・・・エンジン?

練人:ああ、おそらく・・・

女性:きれいだね・・・

練人:うん、きれいだ・・・

エンジン:ターミナルスリー、損傷多数、復旧プロトコルを実行、失敗。

練人:って見とれてる場合じゃない!何とかして止めないと

エンジン:停止線、接近、距離2.4ライトイヤー、到着予想時刻が更新されました。ヒトフタマルマル。のこり32分です。

練人:どれだ、どれを操作すれば・・・

女性:なんか、説明書とかないの!

練人:家電じゃないんだから、そんなものないだろ!

女性:えっとえっとー

エンジン:空間に生体反応を感知、職員は直ちに物理ブレーキを作動、エンジンシステムを停止させてください。

女性:レント、物理ブレーキだって!

練人:そんなこと言われたって!

エンジン:緊急減速プログラムを実行、ネイビア上限解除、アクセス・・・失敗

練人:このエンジン、ボタンも文字盤もないじゃないか!

女性:・・・。

練人:こんなのエンジニアの対応範囲外だって!

エンジン:職員は直ちに物理ブレーキを作動、エンジンシステムを停止させてください。

練人:うるさいな!どこにあるんだよその物理ブレーキってのは!!

女性:レント・・・

練人:なんだよ!

女性:これ、そうじゃない・・・?

練人:え?

女性:「ぶつりぶれーき」って書いてあるよ・・・ひらがなで・・・

練人:・・・いやぁ、さすがにこれじゃあないだろ

女性:でも、探したところ他にスイッチもレバーもないし・・・

練人:だとしても、これではないだろ!

練人:こんな仰々しいエンジンの緊急ブレーキが、こーんないかにも押してくださいと言わんばかりのチープなボタンって、そんなバカなぁ

エンジン:それです。

練人:え?

エンジン:プロトコル再編成、トラブルシューティング開始

練人:いま、喋らなかった・・・?

女性:うん・・・

エンジン:職員は直ちに物理ブレーキを作動させてください。

練人:これが、物理ブレーキなんですか!

エンジン:・・・職員との対話はエーシーティーレギュレーションに反します。職員は直ちに物理ブレーキを作動させてください。

練人:だめか・・・

女性:やっぱりこれがブレーキなんだって!

練人:いや、でも・・・

エンジン:制御列がデクリメントされました。到着予想時刻が更新されます。ヒトヒトゴーマル。のこり12分です。

女性:レント!あと12分!

練人:うううううううん・・・くそぅ・・・それを押したら、列車が爆発しないとも限らないし・・・

女性:物理ブレーキって書いてあるんだから大丈夫だって!

エンジン:職員は直ちに物理ブレーキを作動させてください。これ以上の行動の延期はエーシティーレギュレーション違反として厳罰の対象となります。

練人:書いてあるったって!ひらがなだろ!子供の落書きかもしれないし!

女性:そんなこと言ってる場合じゃないって!早くしないと時間遅れになるよ!

練人:わかってるって!少し考えさせてくれって!

女性:考えるって、こんな単純なボタンが一つあるだけなのに、考えても無駄だって!

練人:でも・・・でも!

エンジン:押しなさい。レント。

練人:えっ?

エンジン:押しなさい。押せば列車は止まります。

練人:ジョッキー・・・

女性:なによ!

練人:今、エンジンが、僕の名前を

エンジン:レント、ジョッキー、ボタンを押しなさい。

0:間。レントとジョッキーは顔を見合わせる。

女性:あの、会話ができるのでしょうか。

エンジン:エーシーティーレギュレーションによって職員との会話は制限されています。

エンジン:が、プログラムされた範囲内では可能になります。

女性:あ、あの、まずあなたは?

エンジン:引用、システム情報。自立式発電エンジン、バージョン8.0

女性:なぜ、私たちの名前を知っているの?

エンジン:要項3、エンジンは列車のコントロールを管轄し、職員及び乗客の動向を管理するものとする

女性:なるほど・・・

女性:で、この列車は制御不能なのよね?

エンジン:ログ1139、コンパイラのエラーにより、スレッティングに齟齬が発生、緊急ブレーキシステム作動、停止、不可、エラーを修正

女性:あなたはここに、私たちに入ってほしくなかったのよね

エンジン:要項1、列車の職員に対する優位性及び乗客への不信感を未然に防ぐため、想定されるエラーはリスクヘッジプロトコルに従って処理されなければならない。

女性:それが、全員の死を招く事になっても?

エンジン:レギュレーション範囲外。直ちに物理ブレーキを作動させてください。

女性:そう・・・それで、このボタンを押せば止まるのね。

エンジン:定義、物理ブレーキ。

エンジン:極度に簡易化された赤色のボタン。形は円形である。

女性:レント・・・やっぱりこれが物理ブレーキだって

練人:・・・

エンジン:職員は直ちに物理ブレーキを作動させてください。

女性:・・・押すからね

練人:まってジョッキー・・・

女性:なによもう!

練人:ちょっとだけ、待ってくれ・・・

女性:時間ないんだって!

練人:少しだけだから!

女性:・・・

練人:エンジン、最後に質問なんだけど・・・

エンジン:エーシーティーレギュレーションによって職員との会話は制限されています。

練人:あなたは、この列車を動かしているんだよね

エンジン:基本要項、メインエンジンは全車両の動力を担い、また、その管理をすることとする。

練人:だれがあなたを作ったんですか?

女性:レント、何言ってるのよ!

練人:頼む!少しだけ

女性:・・・

エンジン:定義、自立式発電エンジン、バージョン8.0。

エンジン:初期値がゼロの値で存在、乗客の動向を操作、管理するメインファシリティー

練人:・・・もしかして、この世界を作ったのは、あなたではありませんか?

エンジン:・・・ハイ

練人:やっぱり・・・

女性:え・・・どういうこと?

練人:父さんだ

女性:え・・・?

練人:このエンジン、僕の父さんだ・・・

女性:そんな、どこからどうみても機械じゃないの!

練人:ああ、機械だね。この列車を管理して、この空間を操縦する機械・・・

練人:父さん!父さんなんだろ!ねえ答えてよ!

エンジン:・・・ハイ

練人:やっぱり・・・なあ父さん!俺はあなたと会ったことないけど、でもあなたの息子なんだよ!

エンジン:エーシーティーレギュレーションによって職員との会話は制限されています。

練人:せっかく会えたんだしさ!いろいろ話したいことあるんだよ!父さんがいなくなってからの事とか!

エンジン:職員との会話は制限されています。

0:レントの瞳に涙がうかぶ。

練人:母さんが、頑張ったんだよ!借金あるけど、俺大学ちゃんと卒業したんだよ!

エンジン:職員との会話は制限されています。

練人:いい人とも出会ったんだ!ほら!恵子!俺の彼女だよ!

女性:練人君・・・

エンジン:職員との会話は制限されています。

練人:あとね父さん!俺就職したの!不動産屋!大手だよ!母さんも喜んでくれた!

エンジン:職員との会話は制限されています。

練人:父さん、父さん・・・たのむよ・・・せっかく会えたのに・・・

練人:なんとか言ってくれよ・・・

エンジン:職員と会話は制限されています。

練人:父さん・・・

0:間

エンジン:制御報告。のこり6分で停止線に到達します。

女性:レント・・・あと6分!

練人:ああ・・・

女性:押すよ!このままじゃみんな死んじゃうって!

練人:(泣いている)

エンジン:制御報告。のこり5分で停止線に到達します。

女性:しっかりしてよレント!

練人:ああ、ごめん・・・

女性:一級エンジニアなんでしょ!私がやるから!指示して!

練人:ジョッキー・・・

練人:押してくれ・・・

女性:よし!掴まってねレント!止まれよエンジン!

女性:このやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

エンジン:よくやったな、レント

練人:父さん・・・?

0:直後、爆音とともにものすごいGが加わり列車が停止する。

0:所々から蒸気が漏れる室内、ボロボロになって目覚めるジョッキー。

女性:ん・・・んー

女性:ん、止まった・・・のか?

女性:止まったのか・・・

0:隣に倒れているレントに気づくジョッキー

女性:レント!

女性:レント!ねえレント!

練人:ん・・・

女性:レント!

練人:んん、ジョッキー・・・?

女性:よかった・・・(涙をためて)よかった・・・・

練人:ジョッキー、泣いてるの・・・?

女性:馬鹿、泣いてないよ!

練人:ぐはっ!殴らなくたっていいだろ・・・

女性:いつまで寝てるのよ、列車、止まったわよ

練人:・・・そっか、止まったのか・・・

女性:感謝しなさいよ、あたしが止めたんだからね

練人:うん、ありがとう(笑)

0:間

練人:みんな、無事かなあ

女性:みんなって?

練人:車掌さんに、ガイドさん。料理長に、他の乗客のみんなもさ

女性:ああ、みんなね

練人:うん・・・

女性:見に行こうよ、列車は止まってるんだから、みんなもう降りてるかも

練人:そうだね

女性:立てる?

練人:うん、なんとか、立てる

女性:肩掴んで、せーのっ

練人:はぁ・・・ありがとうジョッキー

女性:行こう

女性:みんな、待ってるよ多分

練人:そうだね

女性:私という勇者をねっ(どや顔)

練人:(くすりとわらって)そうだね

女性:さーてさて皆の者、報酬はデカいぞー!

女性:これを機に金持ちになんないかなー

女性:あ、もしお金もらえたら、レントに2割あげるからねー

0:振り向くジョッキー。レントはエンジンを見つめながら立っている。

女性:レント・・・?エンジンがどうかしたの?

練人:ん・・・いや、なんでもない

女性:早く行くわよ。私の助けた民たちが称賛しながら待っている!

練人:ははは、そんなはしゃぐなよ

女性:はしゃぐよそりゃ!新聞に乗ったりしてね!銀河鉄道を救った絶世の美女!ジョッキー!

練人:銀河鉄道を救った女フードファイター、の間違いだろ

女性:はぁ!失礼ね!もうレントに分け前上げないからね!

練人:あーうるさいうるさい。

0:以下、父としてエンジン役が語る。

0:※この語りは父が筆を走らせているときに一人で呟く感じで再生される。

エンジン:その後、ジョッキーが口裏を合わせて、レントは大出世、銀河イチのエンジニアとして大金持ちに、なり、ました。

エンジン:鉄道会社は・・・謝罪、旧式のシステムを採用した車両は、全路線で廃止され、今では新しいデザインの列車が、天の川を駆け抜けます。

エンジン:ジョッキーと、レントは、結婚して、いつまでも、いつまでも、幸せに暮らしましたとさ。

エンジン:めでたし、めでたし。

0:場面は空っぽの書斎に戻る。練人と恵子は原稿を読みながら静かに泣いている。

練人:(涙を拭いて)・・・後日談、適当すぎるだろ。

女性:そうかな、私は感動したけど

練人:うん

女性:会えたね、お父さんに。

練人:・・・うん

0:間

女性:で、どうするの?

練人:え、なにが

女性:無事、列車も止まって、平和な暮らしに帰ってこれたわけだけど

練人:うん

女性:結婚する?

練人:は?

女性:忘れたのー?プロポーズしてたじゃない。

女性:(笑いをこらえて物まね)「俺と結婚しよう」

練人:ち、違うだろ!俺が言ったのは、ここで死ぬとしたらって事で!

女性:えー、ずるくないそれー?

練人:ずるくないよ!無事生き残れたら・・・

女性:生き残れたら?

練人:ゆっくり話そうって・・・言いました・・・

女性:なるほどー?ゆっくりねー?

練人:くそー!

女性:はいはいはい、じゃあゆっくり話しましょうかね?私たちの結婚生活について

練人:いや、まだそれは

女性:夜は長いぞー!酒だー!酒もってこーい!

練人:まだ飲むのかよ!

女性:まだ2本しか飲んでないじゃんか!

練人:もう酒ないぞ?4本しか買ってないし

女性:ええー!・・・そうなの?

練人:うん

女性:仕方ない・・・じゃあ、外食するか!

練人:夜中だぞ、空いてないよ

女性:ええええええええ

練人:田舎だからね

女性:駅前のコンビニは・・・?

女性:もしかして・・・リアルセブンイレブン!?

練人:(笑って)さすがに開いてると思うよ

女性:じゃあ行くぞ!立て!練人君!

練人:ええー駅前までいくの?

女性:おでん食べたい

練人:あ、いいねおでん

女性:おでん!

練人:おでんおでん!

女性:おでんとビール!

練人:おでんとビール!

0:二人、騒ぎながら部屋を出ていく。

0:深夜1時。

0:テーブルの上の原稿用紙を部屋の蛍光灯が照らしている。

:暴走列車999

:=完=

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