グッドウェルエモーション [1:1:0]
0:校舎裏の人目につかないスペースに呼び出される男子生徒
ナオト:ごめんごめん、部活長引いて、待った?
カトウ:あ、ナオトくん、ううん、全然、待ってないよ
ナオト:そっか、ごめんな
カトウ:うん・・・
ナオト:で、どうしたの?急にこんなとこ呼び出して
カトウ:うん、ちょっと大事な話があってさ、あんまり人に聞かれたくない話だから、ここで
ナオト:そっか・・・うん、わかった、なに?
カトウ:うん、あのね、そうだなー、うーん
ナオト:・・・
カトウ:ちょっとまってね、深呼吸するから。はぁー・・・
ナオト:う、うん
カトウ:すぅー、はぁー・・・
ナオト:だ、大丈夫?
カトウ:あ、うん、ごめんね、ちょっと緊張しちゃって
ナオト:いやいや、うん。
0:間
ナオト:よかったらさ
カトウ:え?
ナオト:よかったらさ、一緒に帰る?方向一緒じゃん?
カトウ:いいの?
ナオト:うん、歩きながらの方が話しやすくない?緊張もほぐれるだろうし
カトウ:う、うん、そうだね!ナオトくん荷物は?
ナオト:全部入ってるよ、部活に持ってってるんだいつも
カトウ:そうなんだ・・・じゃあ、うん、一緒にかえる
ナオト:おっけー、自転車だけ取りに行っていい?
カトウ:もちろん!うん、いい、おっけー
ナオト:はは、ありがと
カトウ:うん
0:ナオト、自転車を取って戻ってくる。
ナオト:お待たせ
カトウ:全然、待ってない、一秒も、大丈夫
ナオト:嘘じゃん(笑)・・・じゃあいこっか
カトウ:うん・・・
0:二人、ゆっくりと歩き出す。ナオトの押す自転車がカラカラと音を立てる。しばらく沈黙。
カトウ:・・・
ナオト:あー、テストどうだった?
カトウ:えっ、ああテスト、うんテストね・・・ふつう
ナオト:普通か(笑)・・・加藤ってさ、あんまり喋ったことなかったけど、頭めっちゃいいよね
カトウ:そ、そんなことないよ
ナオト:謙遜しなくていいって。いつも学年順位上のほうでしょ。
カトウ:なんで、知ってるの・・・
ナオト:張り出されてるじゃん、毎回
カトウ:ああ、うん、そうだよね
ナオト:俺ランク外だからさ、すごいなーと思っていつも見てたよ
カトウ:う、うん、ありがと
ナオト:得意教科とかある?
カトウ:えっと・・・物理、かな?
ナオト:あー物理かあ・・・俺選択生物だから、教えてもらうのは無理かあ
カトウ:せ、生物も!生物も得意!
ナオト:え?マジで?
カトウ:うん、生物の勉強もしてるから・・・
ナオト:選択してないのに?
カトウ:うん、私、理系の大学進みたくて、だから、いろいろ。
ナオト:へえ!ちなみにどこ大目指してるの
カトウ:名西(めいせい)・・・
ナオト:すっごいな!国立じゃん!
カトウ:まあ、うん・・・なりたい職業があって、そのためにって感じ
ナオト:へえ。ちなみになんの仕事?
カトウ:実家をね、継ごうと思ってるんだ
ナオト:え、加藤んちってなんなの?
カトウ:うーん・・・
ナオト:理系の仕事でしょ・・・?病院とか?
カトウ:えへへ(苦笑)
ナオト:あ、ごめん、話したくなかったら別にいいよ。
カトウ:うん・・・でもさ!だから生物もわかるから、教えてあげる!
ナオト:うん、ありがと(笑)
0:間
カトウ:よし、だいぶ緊張取れてきた
ナオト:そうだった、話があったんだよね
カトウ:うん・・・ごめんね、なんか待たせた上に一緒に帰らせちゃって
ナオト:いいのいいの。てか最初に待たせちゃったの俺だしな
カトウ:そんなことない・・・うん、でも、ありがとう
ナオト:うん
カトウ:で、本題なんだけど
ナオト:うん
カトウ:あのね、私さ、ナオト君と、ずっと一緒のクラスでしょ?
ナオト:そうだね
カトウ:1年生の時も一緒だったし、今も一緒で
カトウ:それでね、実はね
0:間
カトウ:私、ずっとナオト君の事見ててさ、すごいなって思ってたんだよね
ナオト:え?俺が?
カトウ:うん。スポーツも出来るし、頭もいいし、話も上手だしさ
ナオト:おれ、あたまわるいぞ。前回の中間の合計点聞く?
カトウ:いやいや、そういう頭の良さじゃなくてさ、こう、なんていうのかな、頭の回転が速いっていうか
ナオト:そ、そうかな?
カトウ:そうだよ
ナオト:ありがと
カトウ:いやいや。でね、私、ナオト君そんな話したこともないし、こんな事いうのさ、変だなって思われるかもしれないんだけど・・・
ナオト:うん
カトウ:私ね、私・・・ナオト君の事・・・
0:スパーン!という小気味いい効果音とともに世界の時間が停止する。以下、ナオトの心理描写
ナオト:ここで状況を整理しよう。高校1年の時に同じクラスになった加藤未来。彼女はクラスの女子の中でも人気があり、その容姿から男子人気も高かった。
ナオト:加藤はいつも女子に取り囲まれており、男子からするとおいそれと近づきがたい、高嶺の花的存在だった。
ナオト:そして2年生になった今、また加藤と同じクラスになれたというのは正直、うれしかった。
ナオト:ただ、今。まさに今この時、あろうことか俺はその加藤に呼び出され、大事な話があるといわれたのだ。
ナオト:加えてこの雰囲気!俺は確信している。告白だ!これは告白に違いない!
ナオト:高鳴る旨を抑え、俺は彼女の言葉を待った。
0:世界が動き出す。
カトウ:私ね、私・・・ナオト君の事・・・
ナオト:うん・・・
カトウ:殺し屋に向いてると思うの!
0:スパーン!という小気味いい効果音。世界の時間が止まる。
ナオト:状況を整理しよう。俺はクラスのマドンナ加藤に呼び出され、サッカー部の練習が長引いたためすこーし遅れて待ち合わせに行くと、顔を赤らめた彼女がいた。
ナオト:緊張している彼女に気を使って一緒に歩き、他愛もない話をして、さてここからだというところで・・・
ナオト:殺し屋にスカウトされた。
0:世界が動き出す
ナオト:え?今なんて?
カトウ:あのね!私、私ねナオト君の腕とか、すごく太くて、それだったら簡単に首の骨をイケるとおもうし、機転が利くところとか、私にはないところで、すごいなっておもうし
ナオト:いや、ちょっと待って加藤
カトウ:だからね!ナオト君に、私の家で働いてほしいの!
ナオト:ん?加藤の家で?
カトウ:うん!秘密クラブKATOH(カトー)の従業員になってほしいの!
ナオト:ご、ごめん加藤、言ってる意味がちょっと
カトウ:給料は弾むから!一件に50は出す!
ナオト:いや、そういう問題じゃ
カトウ:じゃあ60!60、60!
ナオト:いや、そのさ、加藤
カトウ:65!65、65、65!
ナオト:加藤落ち着いて、セリみたいになってるから
カトウ:いくらだったら引き受けてくれるの・・・
ナオト:いや、その加藤?
カトウ:うん・・・
ナオト:・・・加藤の家って、その、なんだ、殺し屋ってこと?なの?
カトウ:そうだよ、殺し屋の事務所
ナオト:うん、そっか。で、加藤は、俺に、殺しの才能があるって、思ったんだ
カトウ:ナオト君は逸材だよ。出会ったとき「この人は生物を破壊するために生まれて来た兵器だな」って思ったもん
ナオト:そっか。そうだよね。そうなんだよね。
カトウ:だからお願い!うちに入って!
ナオト:んー、つまりさ、加藤
カトウ:うん?
ナオト:俺は、殺し屋にスカウトされてるってこと?
カトウ:うん!端的にいうとね!
0:間
ナオト:え、断るよ?
カトウ:えっ・・・
ナオト:えなんで意外そうなの?
カトウ:断られるとは、思わなかったから・・・
ナオト:そうなんだ・・・ふつう断るけどね・・・
カトウ:絶対だめ?
ナオト:え、うん
カトウ:絶対に絶対?
ナオト:うん・・・うん?
カトウ:どうしたの?
ナオト:そうなるとさ、俺結構やばくない?
カトウ:やばいって・・・?
ナオト:いや、だって、加藤の家は殺し屋なんでしょ?
カトウ:そうだよ?
ナオト:それって、隠すことじゃないの?
カトウ:そうだね、だから目につかないところで伝えたかったの
ナオト:だよね。でも、俺、知っちゃったよね
カトウ:うん、言ったからね
ナオト:やばくない?
カトウ:・・・たしかに
ナオト:そうだよね、例えばさ?俺がこれで断り続けたら、俺は加藤一家の秘密を知ったまま野放しになるわけで・・・
カトウ:それはまずいね
ナオト:だよね
カトウ:じゃあ・・・
ナオト:待った!待って、待って待って
カトウ:うん?
ナオト:うん、待って。じゃあって言いながらカバン漁るのこの状況で一番怖いから
カトウ:そうなの?うーん、いいと思ったんだけどなあ・・・
ナオト:うん、そうだよね、加藤はいいと思って言ってくれたんだもんね
カトウ:それにね、秘密クラブKATOHは良い殺し屋なんだよ
ナオト:いい殺し屋?
カトウ:そ。法律で裁けない罪人を、お金をもらって裁いてあげるの。
ナオト:なるほど。
カトウ:だし、しっかりと、相手は調べて殺すの。どんな仕事をしているか、本当に根っからの悪人なのか。事実とか全部調べてさ。
ナオト:それが、例えば個人的な恨みだったり、ぬれぎぬだったりしたらどうするの?
カトウ:依頼は受けないよ?
ナオト:そ、それじゃあお金がもらえないんじゃないの?
カトウ:ナオト君はまだ知らないかもしれないけどね。いるんだよ、本物の悪人ってやつが。自分の事しか考えずにダメージを振りまく根っからの悪人がさ。
ナオト:そ、そうなんだ・・・
カトウ:そして、そういう人は必ず複数の人から恨まれてる。ううん、恨まれてるなんてレベルじゃない。その人を殺すならってお金を出す人がたくさんいるの。
ナオト:そういう人からお金を集めるってこと?
カトウ:そう。やっぱりナオト君理解が速いね。要は共同投資。全員の恨みが一定額までたまったら、裏付けをもとにその人を殺すの。
ナオト:で、でもそれは立派な殺人だよね・・・
カトウ:ナオト君。そんなこといったら死刑だって殺人だよ。公的に殺すか、私的に殺すかの違い。
ナオト:・・・
カトウ:もちろん、社会的抹殺っていう場合もあるけどね
ナオト:社会的?
カトウ:うん。生かさず殺さず、その人の地位とか人間の尊厳を奪うの。立ち直れないくらいに。
ナオト:それは怖いね・・・
カトウ:怖いよね。だから悪い事ってしたらいけないんだよ。
ナオト:でも、今加藤が俺を殺したら、それは理念に反するんじゃないの?
カトウ:えっ?何言ってるのナオト君・・・殺さないよ(笑)
ナオト:え、でもさっきカバンの中に手入れて
カトウ:あ、そうそう
0:カバンの中を漁る加藤
カトウ:はいこれ
ナオト:なにこれ・・・紙?
カトウ:それ、うちの名刺ね
ナオト:真っ白じゃん
カトウ:ライターとかであぶると文字が浮かび上がるようになってるの、おうちでやってみて
ナオト:な、なんでこれを俺に渡したの?
カトウ:ま、就職先、長い目で検討してってことと、あとはまあ、殺し屋にならなくても、お客さんにはなってくれるかなって
ナオト:そういうこと・・・でも、いいの?俺が殺し屋のこと知っちゃったのは・・・
カトウ:うん、よく考えたらそれは大丈夫、パパは医者だし、うちはしっかりしてるから足がつかないの
ナオト:そう・・・
カトウ:何度か警察が家に来たことがあったんだけどね、なーんも見つからなくて、警察の人もごめんなさいって帰ってったから、大丈夫
ナオト:うん・・・
カトウ:あ、ここ
ナオト:え?
カトウ:着いた、私の家
ナオト:え、ここって・・・
カトウ:うん、病院、パパはここの院長で、ママは看護師さん
ナオト:・・・ってことになってるの?
カトウ:いや、これはほんと(笑)しっかり病気も直せるし、お薬も処方できるよ
ナオト:なるほど・・・
カトウ:直すのも、壊すのも、仕組みと方法は一緒だからさ。それじゃ、送ってくれてありがとね!
ナオト:あ、いや、うん、大丈夫
カトウ:ナオト君
ナオト:ん?
カトウ:この世にはさ、絶対に納得できないこととか、絶対に受け入れられない事故が実際に起きててさ。そういう人たちって、その事故のために人生の明るい時間が過ごせなくなっちゃうからさ、だからさナオト君。
ナオト:うん
カトウ:いざという時は声かけてね。あなたの明るい時間を取り戻せるかはわからないけど、できるだけ、守るから。
ナオト:加藤・・・
カトウ:じゃあねっ
0:去る加藤。
ナオト:そう言って、加藤はスカートを翻して、自動ドアの向こうへと消えていった。
ナオト:これが、私と加藤未来との出会いだ。
ナオト:それから数年後、私たちは再開することとなる。
ナオト:それも、一番望まない形で。
ナオト:なお、この報告書はあくまで私の個人的な体験を参考程度に記したものであり、決定的な裏付けが確定されるまでは事件との関連性はないものとしていただきたい。
ナオト:8月19日
ナオト:出所後連続変死事件対策室 室長 大和田直人。
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:~終~
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