帰郷 [1:2:0]
三上はるか役の方は以下を担当
はるか
涼香
・三上泰明(父)役の方は以下を担当
泰明
慎吾
・三上由美(母)役の方は以下を担当
由美
医師
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0:土曜の朝、一軒家のダイニング
0:母は朝ご飯を作り、父はテーブルに座り地方紙に目を通している
0:窓の外は白くホワイトアウトしており、その先からは朝の蝉の声が微かに聞こえてくる。
0:と、ドアを開けてはるかが登場する。
はるか:んー・・・おはよう
0:両親はそれぞれの手を止めて、少し驚いたような表情で娘を凝視する。
0:眠い目をこすって、ゆっくりとテーブルに座る娘
はるか:ん?おはよう
泰明:ああ・・・
はるか:ん、お父さんどうしたの?
由美:・・・
はるか:お母さん?
由美:あ、ええ、おはよう
はるか:うん、おはよう
泰明:遅かったな
はるか:えー、いいじゃん土曜日なんだし
泰明:いや、別に怒ってないよ
はるか:おかあさん、朝ご飯なにー?
由美:何って、普通よ
はるか:え、何普通って
由美:普通は普通よ
由美:ごはんと、お味噌汁と、コロッケ
はるか:コロッケ・・・え?コロッケ?
由美:そう、コロッケ
はるか:コロッケは普通じゃないよ
由美:普通よ
はるか:普通じゃないよ
由美:昨日揚げすぎちゃったのよ
はるか:なんかほかのないの?魚とか
由美:ないの、おいしいよ?コロッケ
はるか:いや、おいしいのはわかるけどさあ・・・
泰明:ふふっ
はるか:え、お父さん何笑ってるの
泰明:あ、いや・・・
はるか:普通じゃないよね?コロッケ
泰明:ん?
はるか:え?
泰明:何?どうしたの?
はるか:・・・もういいよ
泰明:えー、なんだよ
はるか:もういいよ、いいよコロッケで
由美:いいよもなにも、コロッケしかないからね
由美:ほらあなた、テーブル片付けて
泰明:ん、うん
由美:はるか、箸出して
はるか:はーい
泰明:母さん、ゴミのやつ
由美:ああ、冷蔵庫貼っといて
泰明:ん
由美:あーそっちじゃなくて
泰明:ん?
由美:クリップの方
泰明:こっち?
由美:そうそうそっち
泰明:あい
はるか:ねえねえ、お父さんの箸これだっけ?
泰明:ん?
はるか:いや、箸
泰明:ああ、それそれ、よく覚えてたな
はるか:え?だって毎朝これじゃん
泰明:ふふっ
はるか:え?なんで笑うの
泰明:いや、なんでもないよ
はるか:気持ち悪い
由美:ほら、食べるよ、座って
はるか:はーい
泰明:(コロッケを見て)・・・ええ?
由美:何よ
泰明:・・・朝からコロッケ?
はるか:お父さんもうそのくだり終わったから
泰明:なんだくだりって
はるか:はい、箸
泰明:ああ、ありがとう
由美:はいじゃあ、いただきます
泰明:いただきます
はるか:いただきまーす
0:もくもくと食べ始めるはるか
0:が、泰明と由美は箸を置いて、はるかが食べる姿を微笑んで見ている
はるか:あ、そうだ、お母さんあれ書いてくれた?
由美:うん?
はるか:面談の紙、月曜提出だからさ
由美:うん
はるか:(二人と目を合わせず、ひとりごとのように)毎回思うけどさ、面談ってあれみたいじゃない?
はるか:ほら、刑事さんがさ、かつ丼食えよってやるやつ
はるか:別に悪い事してないのにいろいろ聞かれて、こっちだって言いたいことあるのにさ
はるか:西村とか河村とかならわかるよ?あいつらは面談ってよりか逮捕だね、逮捕
はるか:いっつも悪さばっかりして
由美:でもその西村君と、結婚したんじゃない
はるか:え?
0:間
はるか:あれ?食べないの?
由美:うん、お腹すいてないから
はるか:でも、準備したのに・・・お父さんも?
泰明:まあな
はるか:そっか・・・てかなに?結婚?
由美:うん、西村君、いい子だったと思うわよ、ねぇ?
泰明:ああ、まあな
はるか:ええ・・・?そうかな・・・
泰明:嫌いなのか
はるか:んー・・・まあ、嫌なやつではあったけど・・・
泰明:ははは、嫌よ嫌よも好きのうちってか
はるか:そんなんじゃないって
泰明:でも告白、お前からしたんだろ
はるか:それは、それはさ、なんていうか
泰明:なんていうか?
はるか:・・・
泰明:あはは
泰明:まあほら、男の子はみんな悪いことをするもんさ
泰明:とくに中学生くらいだとさ、自分の中のこう、もやもやしたいろいろのバランスが取れなくなって、いろんなことしたくなっちゃうんだよ
はるか:お父さんもそうだったの?
泰明:ええ?
はるか:お父さんも悪い事した?
泰明:お父さんは・・・
はるか:した?
泰明:お父さんは真面目だったぞ
はるか:えー?
泰明:お父さんは生徒会長だったからな、模範的な生徒だったよ
はるか:へぇー
はるか:・・・お母さん
由美:裏山のボヤ騒ぎ、主犯格
泰明:ぐっ
由美:合唱コンクール、ボイコット
泰明:げっ
由美:給食の牛乳でヨーグルトを作ろうとして、異臭騒ぎ
泰明:ぐぎっ
はるか:ワルガキだ
泰明:母さーん、言うなよー
由美:馬鹿よねー
はるか:うん、馬鹿だね
泰明:だから、男の子っていうのはそういうもんなんだよ
はるか:ふーん
泰明:現に西村くんだっていい男になったじゃないか
はるか:ええ?
泰明:優しいし、男前だろ?
はるか:うーん・・・
はるか:まあね?
泰明:そういうもんなんだよ、男の子っていうのは
はるか:ふーん・・・
0:間
由美:ほら、はるか、あったかいうちに食べちゃいなさい
はるか:あ、うん・・・
0:食べ始めるはるか
泰明:でも、はるかも係長か、すごいよな
はるか:え?
由美:ほんとよね、泣き虫のはるかが
はるか:またそれいう、やめてよ
由美:ほんと泣き虫だったんだから
由美:ほら、昔釣りに行った時、あれどこだっけ?凍ってるとこ
泰明:諏訪湖
由美:そうだ長野だ
由美:はるか、テンション上がって、走っちゃいけないっていうのに走って、案の定転んで大泣き
はるか:そんなことあったっけ?
由美:泣いてばっかだったじゃないあんた
泰明:だな
はるか:むー・・・
泰明:そんなはるかが、係長だもんな
由美:信じられないわよね
はるか:お父さんはさ、いつまでも私が5歳だと思ってるでしょ
泰明:ええ?そんなことないよ
はるか:いっとくけど私、会社ではすごいからね
はるか:もうバリバリのキャリアウーマン
由美:あはは
はるか:なっ・・・なんで笑うの!
由美:いやーごめんごめん、やっぱおかしいわ
はるか:もー!
由美:ごめんって
0:間
由美:でもさ、はるか
はるか:うん?
由美:親っていうのはね、そういうもんなのよ
はるか:そういうもんって?
由美:親にとって、子供はいつまでも子供なの
由美:どんな職業について、どんな仕事をしてたって、子供は子供
はるか:そんなもんかなぁ
泰明:まあ、そんなもんかもしれないな
はるか:ふーん・・・
泰明:でもほんと、偉いよ
はるか:ん?
泰明:頑張ってて、お父さん誇らしい
はるか:なに急に
泰明:いい仕事ついて、そこで頑張って昇進して、ちゃんと生活して
はるか:うん
泰明:結婚して、子供もできて、育児しながら仕事して
はるか:そうだね
泰明:家も買って、車も買って、子供の学費もちゃんと払って
はるか:うん
泰明:自分でしっかり生活して、そして、ちゃんと、親を看取って
はるか:うん
泰明:立派な葬式開いてくれて、お墓もちゃんと、磨いてくれて
はるか:・・・
泰明:そのあとも、しっかり、幸せに、食べて、歯磨いて、寝て、起きて
泰明:偉かったな
はるか:うん・・・
0:と、玄関からチャイムが鳴る
はるか:あれ、誰か来た
泰明:はるかは本当に泣き虫だったなぁ
はるか:え?
由美:ええ、本当に泣き虫だったわねぇ
はるか:ちょっと、まだ言うのそれ
由美:でも、ここに来た時だけは、泣いてなかったわよね
泰明:ああ、そうだったな
はるか:ここに?
泰明:お前、いっつも泣いてたのに
泰明:その時は泣いてなくてさ
泰明:それどころか、眉間に皺よせて、俺らの事睨んで来てな
由美:不細工だったわね
泰明:ああ、不細工だったな
はるか:ちょっと・・・
泰明:あはは
泰明:でさ、じーっと俺らの事見てひとこと「もう大丈夫」って
由美:ええ・・・
泰明:かわいくてさー、俺、笑っちゃって
泰明:そっかー、もう大丈夫なのかーって
由美:ふふふ
泰明:はるかがもう大丈夫って言ってるんだったら、大丈夫なんだなって
泰明:そう思ってさ「がんばれよ」って、一言だけ
はるか:・・・もしかして、その時、お母さん泣いてた?
由美:な、泣いてないわよ
はるか:そっか・・・
泰明:いや、泣いてたぞ
由美:あなた
泰明:いいじゃないか
泰明:母さんは、ずっと泣いてて、なんか言おうとしてたけど、言葉にならなくてさ
泰明:もしかしたら、お前の泣き虫は、母さんの遺伝かもな
由美:もう・・・
はるか:うん、覚えてる・・・覚えてるよ私
0:再び玄関からチャイムが鳴る
由美:コロッケ、まだ冷蔵庫に入ってるからね
由美:食べたかったら、チンして食べなさいね
はるか:うん
泰明:暇だったら、お父さんのラジコン使っていいからな
はるか:使わないよ(笑)
泰明:そうか?お前好きだったじゃないか
はるか:それは小さいころの話でしょ、私ももう大人ですから
泰明:そうか・・・まぁでも、一応、ここ、置いとくからな
はるか:うん・・・ありがと
0:玄関からチャイムが鳴る
由美:お風呂、沸かしてあるから、入りたかったら入りなね
由美:エアコンのリモコンはここで、テレビのリモコンは・・・
はるか:自分の家だから大丈夫だって
由美:あら、そう
泰明:あはは
はるか:ふふ
0:玄関からチャイムが鳴る
由美:ほら、はるか
はるか:うん
0:玄関からチャイムが鳴る
泰明:出てあげなさい
はるか:・・・うん
0:はるか、扉まで歩いていく
はるか:お母さん、お父さん
はるか:ありがとう
0:扉を開けるはるか
0:と同時に、心電図の音が長く伸びる
医師:0時34分、西村さん、ご臨終です
慎吾:どうも、ありがとうございます
医師:お水、用意しますので、こちらで少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?
慎吾:ええ、お願いします・・・
医師:はい、娘さんは来れそうですか?
慎吾:わかりませんが・・・
医師:わかりました、では、お待ちください
慎吾:はい
0:部屋を出ていく医者
慎吾:がんばったな、はるか
0:と、病室に入ってくる涼香(りょうか)
涼香:お父さん
慎吾:ああ、涼香
涼香:ごめん、電車鈍行しかなくて、疲れて寝ちゃってさ、そのまま乗り過ごして、折り返してたら時間かかって
慎吾:丁度今、心臓、止まった
涼香:えっ
慎吾:頑張ったけど、だめだった
涼香:え?だって、大丈夫って電話で
慎吾:ああ・・・
涼香:ちょっと倒れただけって、具合悪くて、それだけって、大丈夫って・・・
慎吾:・・・
涼香:なんで・・・わかってたらもっと急いだのに・・・
慎吾:お母さんが、心配させないようにって、倒れただけって、そう言って
涼香:そんな・・・
慎吾:すまん・・・
涼香:・・・夢
慎吾:ん?
涼香:夢見た、電車で
慎吾:夢?
涼香:そう、見た事もない家で、何回かチャイム鳴らしたらお母さんが出て、それで、なんか言ってたけど、あんまりよく覚えてなくて・・・
慎吾:うん
涼香:なんか笑ってて、それで、私ちっちゃいころに戻ったみたいで、懐かしい感じがしたけど、知らない家だから全然懐かしくなくて
慎吾:うん
涼香:それで・・・だから・・・お母さん・・・
0:涼香、やっと母に近づいて、取り付いて涙を流す。
0:慎吾はずっと、はるかの手を握っている
0:深夜の病院、窓の外の蛍光灯には、蛾が群がっている。
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