夢の泉動物公園 [0:0:2]
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0:ここは動物園の事務所。研修生が熱心にノートに何かを書き込んでいる。
研修生:えっと、切り方は・・・縦長のやつと、キャベツはざっくり切って・・・
研修生:あ、でもふれあいの所はコップだから、もうちょっと細くしないとな・・・
研修生:あれ?量ってどうやって調節してるんだろ・・・
研修生:コップ監視するのかな・・・
研修生:うーん・・・
0:と、そこに職員が入ってくる。
職員:手塚君
研修生:あ、坂田さん、お疲れ様です
職員:お疲れ様
職員:なに?勉強?
研修生:あ、まあ、はい、質問とかまとめておこうかと思って
職員:そっかそっか
職員:真面目なのはいいけど、結構きついから、休める時に休んでおいてね
研修生:あ、それは大丈夫です、もう十分、元気です
職員:ははは、若いっていいなあ
研修生:いやぁ
研修生:あ、そうだ坂田さん
職員:うん?
研修生:あの、動物のごはんってどうやって管理してるんですか?
職員:ごはん?
研修生:そうです
研修生:確かふれあいゲージってありましたよね、お客さんがあげられるやつ
職員:ああ、うん、そうだね
研修生:お客さんからどれだけごはん貰ったかで、僕らがあげる量も変わってきますよね
職員:おー、良いところに気が付いたね、さすが動物飼育専攻
研修生:ああ、いえ、どうも(苦笑)
職員:えっと、もう園内回ったんだっけ?
研修生:え?いえ、まだです、昨日は事務手続きとか諸々研修で
職員:あ、そう
職員:そっか
職員:じゃあ・・・うん、そろそろ休憩終わるし、行こうか
研修生:あ、はい
職員:とりあえず、私いろいろ準備あるから、時間になったら正門集合で、おっけー?
研修生:わかりました!
職員:よし、じゃあ、またあとでね
研修生:はい!ありがとうございます!
職員:あはは、元気でいいねぇ
0:職員、去る
0:シーン転換の間。正門前、待っている職員の所に研修生がやってくる。
研修生:坂田さん
職員:お、手塚君、お疲れ様ー
研修生:お疲れ様です
職員:じゃ、行こうか
研修生:はい、よろしくお願いします
職員:はーい
0:二人、歩き始める
研修生:いやーでも、なんだか不思議な感じですね
職員:不思議?
研修生:いやその、こう、誰もいないから
職員:休園日だからね
研修生:普段、私も好きでよく来てたんですけど、なんか人がいないとまた、雰囲気違ってわくわくしますね
職員:あはは、手塚くんは本当に動物が好きなんだねえ
研修生:ええ、なんかすいません
職員:なんで謝るの、いいじゃない、好きなものを職業に出来るなんて、幸せ者だ
研修生:動物園の職員って、みんな動物好きじゃないんですか?
職員:うーん、まあ、そういうわけでもないかな
職員:手塚くんみたいに、本当に動物が好きで勤めてる人もいれば、業界に入って、仕事がキツくて動物嫌いになっちゃう人もいるし
研修生:そうなんですか・・・
職員:あ、あー、これは今の君には言わない方がよかったかな・・・
研修生:いえ!僕ほんと、夢だったんで、なんでも聞きたいです!
職員:いいね、情熱、若さだね
研修生:あはは
0:少しの間
職員:さてと、とりあえず、メインストリートに来たわけだけど、手塚くんどこまで聞いてる?
研修生:えっと、どこまでって?
職員:いや仕事の・・・あー、えっと、ほらほら、こっち来て
研修生:はぁ
職員:えっと、今居るのがここね、メインストリート
研修生:はい
職員:で、ここから枝分かれになってて熱帯エリア、サバンナエリア、ジャングルエリアに併設されたトリの館(やかた)と、マンボウの部屋
研修生:ふむふむ
職員:そして、手塚君と私の持ち場はここ
研修生:なかよしストリート
職員:そ、なかよしストリート
職員:ここでは主に哺乳類、サルとか、ネコとか、そういうのね
職員:うち一番の人気者が居るのも、ここ
研修生:人気者?
職員:うん、えっと・・・いいや、とりあえず行ってみよう
研修生:あ、はい
職員:とはいえ、すぐそこなんだけど・・・はいついた
研修生:おお、近いですね
職員:はい、うちの一番人気、カピバラさんの檻でーす
研修生:おお、カピバラ
職員:そう、カピバラ
職員:あ、それで、さっきの質問だよね、ごはんの管理
職員:えっと、お客さんがあげる野菜はここにほら、さして置くのね
職員:で、まぁ基本的にはここからどれだけ無くなったかっていうのを、定期的に確認してるの
研修生:ああ、大体想像してた感じだ
職員:さすがだね
職員:たいていお客さんからもらうごはんで十分なんだけど、平日とかは私たちで調節することもあるから、まあそこの割り振りはあとでやろうね
研修生:はい!
職員:カピバラは南米の生き物で、川べりとかに生息してるからああやって水に入るのね
職員:世界最大のげっ歯類としても有名で、最近は温泉入ってる画像がSNSとかで流れてるよね
研修生:そうですね
職員:あれの影響で、カピバラ目的で来るお客さんが増えてね、今では園で一番人気者
研修生:へぇ・・・
職員:そんなとこかな・・・エサやりのタイミングとかはまあ、事務所でスケジュール渡すから
研修生:あ、はい
職員:じゃあ、次行こうか
研修生:あの、坂田さん
職員:ん?
研修生:あれ・・・?いやでも・・・ん?
研修生:え?カピバラってこんな感じでしたっけ?
職員:え?どういう事?
研修生:いや、僕の知ってるカピバラとちょっと違うなって
研修生:だって、カピバラってなんか、のそのそ動いて、もしゃもしゃ食べて、いっつも眠そうな感じの・・・
研修生:でも・・・なんか速くないですか?
職員:・・・
研修生:え?坂田さん?
研修生:いや、絶対速いですよねあれ!
研修生:だってもう、え、なんですかあれ、ミニ四駆と同じくらいのスピード出てますよ、え?あれほんとにカピバラですか!?
職員:・・・
研修生:あれ?坂田さん?
職員:・・・
研修生:え、ちょっと、坂田さん?
職員:・・・
研修生:坂田さん!!
職員:ん?どうかした?
研修生:いや、カピバラ・・・
職員:よし、じゃあ次の動物紹介するね
研修生:え・・・あはい
職員:うん、えっと次は、こっち
研修生:はぁ・・・
職員:えーっと、ここは、一応専門の職員さんが担当してるから私たちはノータッチなんだけど、一応ね
職員:ホワイトタイガーのランちゃんでーす!
研修生:・・・え、長くないすか?
職員:・・・
研修生:え?ホワイトタイガーってトラですよね・・・
研修生:ダックスフントみたいになってますよ?いや、ダックスフントっていうか、模様も相まってチンアナゴみたいになってますよ?
研修生:ほら、檻に収まりきらなくて胴体の途中とぐろ撒いちゃって・・・坂田さん?
職員:・・・
研修生:あれ?え?坂田さん?
職員:ホワイトタイガーのランちゃんです
研修生:え、あ、はい
職員:はい
研修生:え・・・いやいやいやいや
職員:どうしたの手塚君
研修生:どうしたのじゃないですよ、トラ長くなってますって、ほら
職員:そりゃ今は休園日だから長くもなるよ
研修生:え?あ、これそういうやつ?人に見られてない状況でしか発生しないレア習性みたいなこと?
職員:まあ、私たちにとってはレアじゃないけどね
研修生:え、えぇぇ・・・
職員:ほら、どんどん行くよ
研修生:はぁ・・・
職員:はい、じゃあ次はー
職員:ここね、マンドリルのドリちゃん
研修生:マンドリル・・・
職員:そう、オナガザル科、顔の模様が特徴的だね
研修生:え、どこにいます?
職員:ん?いるじゃないか、ここに
研修生:え?いや、これはピンクと青色の壁でしょ・・・
職員:いやいや、檻だよ、ガラスガラス
研修生:ガラス・・・?
研修生:あ、そういうことか、檻の中で膨らんだマンドリルがこう、中でパンパンになって・・・
職員:そうそうそう
研修生:そうそうそうじゃないですよ!!
職員:何を怒鳴っているんだ・・・
研修生:いや、え?坂田さん?え、異常ですって!
職員:通常だよ
研修生:だって、ここにいる動物、なんか変ですって!
職員:変じゃあないよ、これが普通なんだって
研修生:ええ・・・ミニ四駆と同じ速度で走るカピバラ?
職員:普通だ
研修生:伸び伸びホワイトタイガー?
職員:普通だね
研修生:すし詰めマンドリル?
職員:ああ普通だ
職員:加えていうならオットセイは輪切りだし、ラクダは液体だ
職員:アライグマは薄い膜(まく)だし、ヤマアラシは高密度
研修生:あ、あの・・・
職員:アメリカバイソンは和服だし、ワニは5頭(ごとう)で1匹(いっぴき)
研修生:坂田さん!
職員:うん?
研修生:坂田さん・・・僕、怖いです・・・
職員:・・・ああ、わかるよ
職員:私も最初は怖かったけど、今はこれが普通だって思ってる
研修生:坂田さん・・・
職員:手塚君
研修生:はい・・・
職員:君さ、何種類の動物に触ったことがある?
研修生:触ったこと?
職員:そう、実際に、自分の手で触れた事のある動物
研修生:ええと・・・犬とか、ネコとか・・・
研修生:あとは、実習で、牛とか、ヤギとか、ペンギンとか・・・
職員:何種類くらいかな
研修生:まぁ、どうですかね・・・
研修生:30種類くらい、ですか・・・?
職員:ふむ、さすがだね
職員:じゃあもうひとつ
職員:世界には何種類の生き物がいると思う?
研修生:それは、学校で習いました・・・
職員:いいね
研修生:140万種類・・・
職員:そう、おおよそ140万種類
職員:そのうち手塚君は、30種類しか触ったことがない
職員:今までにカピバラを触ったことあった?
研修生:ないです・・・
職員:ホワイトタイガーは?
研修生:ないです・・・
職員:マンドリルは
研修生:ない、です・・・
職員:つまりね、そういう事なんだよ
職員:人類は、この地球のほんの一部しか知覚していない
職員:いや、知覚していると思っているその事実さえ、本当はまやかしかもしれない
研修生:坂田さん・・・
職員:例えば、これ、動物園のガラスの檻
職員:これが実は、透明なガラスじゃなくて、ただのモニターだったら
職員:実際にはガラスの奥なんて存在してなくて、みんながそういう姿だと「思い込んでいる」動物の姿が映写されているだけだったら
研修生:坂田さん・・・
職員:だれがそれを証明できる?
職員:中にも入れない、触れもしない動物が、そこにいるという事を・・・
職員:その点で言うと、ここにいる奇妙な姿の動物たちも、もしかしたら
研修生:坂田さん!!
研修生:もう・・・やめてください・・・
研修生:もう、いいです・・・
0:その場にへたり込む研修生
0:職員は一度大きな深呼吸をして、再び話し始める
職員:そして、手塚君、君は、私にも、触れてない
職員:「目の前にいるから」「見えているから」「会話ができているから」
職員:盲信してはいけないんだよ
職員:どうぶつほど、危うい存在はない
職員:私たち人間だって、それは同じさ
研修生:・・・
職員:さぁ、園内ツアーはまだ途中だよ、立ちなさい、手塚君
研修生:坂田さん・・・
職員:ほら、私の手を掴んで、私に触れて、一緒に頑張ろう
研修生:僕、出来るかどうか・・・
職員:大丈夫、私がいろいろ教えてあげよう
研修生:動物が嫌いになるかも・・・
職員:慣れればかわいいもんさ
研修生:坂田さん・・・
職員:ほら、手を取って
研修生:・・・はいっ
0:研修生が手を掴むと、あたりの風景が一変する
0:そこは無機質な空間
0:研修生が患者衣で椅子に縛り付けられており、向かいには先ほどまで職員だった男が白衣で座っている。
職員:脈拍安定、お帰りなさい手塚さん
研修生:あれ・・・?
職員:うまくいってよかった、一時は危ない状態だったんだけど、よかった、本当に
職員:護送車が到着するまで、しばらく時間があるか・・・
職員:手塚さん、少し辛い姿勢かもしれないけど、それ、ほどく事はできないから、そのままでね
研修生:・・・
職員:私は次の患者さんの所に行くから、すこし外すけど、くれぐれも変な事考えないようにね
職員:監視カメラ、あるからね
研修生:坂田さん・・・
職員:それじゃ
0:間
研修生:あぁ・・・そうか・・・
研修生:坂田さんなんていないや・・・
研修生:動物も・・・別に・・・
研修生:はぁ・・・長い悪夢を、見ていたようだ・・・
0:がくりと肩を落とす研修生
0:幕
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